ミステリーとしての読みどころ
ロンドンの実業家レックス・フォーテスキューが、朝の紅茶を飲んだ直後に会社の役員室で苦しみ悶えて死亡する――という、きわめてクリスティらしい幕開けです。検死で判明する毒物はイチイから採れるアルカロイド「タキシン」、そして被害者の上着のポケットからは何故か一掴みのライ麦が。屋敷の名はユーツリー・ロッジ(イチイ屋敷)。地名・凶器・童謡が一直線に繋がる手付きの鮮やかさは、見立てもの長篇のなかでも屈指の出来栄えです。
第二、第三の死が続くにつれ、現場の小道具がマザーグース「6ペンスの歌(Sing a Song of Sixpence)」――金を勘定する王様、蜂蜜を食べる女王、洗濯物を干していて鼻をもがれる小間使い――を一節ずつなぞっていることが浮かび上がります。童謡見立ての興趣はもちろんのこと、この古ぼけた歌が示す「家族の見取り図」そのものが事件の構図と重なってくる構成上の仕掛けが、本作の一番の読みどころです。
そしてミス・マープルの登場の仕方が素晴らしい。彼女は名探偵として呼ばれるのではなく、かつて自分の家で小間使いをしていた気弱なグラディスを案じて、新聞記事をきっかけに自らユーツリー・ロッジへ赴くのです。「あの娘がそんな死に方をするはずがない」という静かな憤りが推理の駆動力になっており、編み物をしながら毒殺事件の核心に迫っていく後半のマープルは、シリーズでも特に凛々しい姿を見せてくれます。
童謡見立て・マザーグースもののクリスティを未読の方への入門として、『そして誰もいなくなった』『五匹の子豚』のような構成美と動機の苦さを併せ持つ作品が好みの方に、自信をもっておすすめできる一冊です。マープルの「弱い者への怒り」が前面に出るタイプの作品でもあり、シリーズの中でも特に芯の通った印象を残します。題名はマザーグース「6ペンスの歌」第一連 "A pocket full of rye" からの引用で、原文の韻律と見立てのリズムを意識して読むと、よりいっそう味わいが深まります。1953年刊、宇野利泰訳のクリスティー文庫で読めます。