本格ミステリとしての読みどころ
「重厚な英国警察ミステリが読みたい」という気分の時に、いまイチオシのシリーズ第1作です。
著者の M・W・クレイヴンは1968年生まれの英国作家。16歳で英国陸軍に入隊して10年ほど武器技術者として勤務し、除隊後にカンブリア州の保護観察局で16年間保護観察官を務めた——という、現代の英国ミステリ作家の中でも珍しい経歴の持ち主です。退職後に専業作家となり、本書『The Puppet Show』(邦題『ストーンサークルの殺人』)で長編作家としてのキャリアを大きく動かしました。原書は2018年刊行、邦訳は早川書房・ハヤカワ・ミステリ文庫から2020年に東野さやか訳で出ています。
本書は2019年の英国推理作家協会(CWA)ゴールド・ダガー賞——英国推理作家協会賞最優秀長篇賞——を受賞しています。デビュー長編というわけではありませんが、本書を起点にクレイヴンは英国警察ミステリの新世代を代表する書き手として注目を浴びることになりました。日本でも、本書から始まるシリーズが順次邦訳されてきています。
主人公は国家犯罪対策庁(NCA)の刑事ワシントン・ポー。物語の発端は、英国カンブリア州に点在するストーンサークルで焼死体が次々と発見されるという事件です。ストーンサークルとは新石器時代に作られた古代遺跡で、巨石が円環状に並ぶ景観で知られています。捜査陣は連続殺人犯——メディアが「焼殺者(イモレーション・マン)」と名付けた人物——の正体を追うことになります。3番目の被害者には、停職処分中だったポー本人の名前と「5」と思しき字が刻まれており、ポーは処分を解かれて捜査に復帰させられる——というところから、物語の歯車が大きく回り始めます。
そしてもう一人、本書を語るうえで外せないのが分析官のティリー・ブラッドショウ。社会経験の少なさと圧倒的な分析能力が同居する天才肌のキャラクターで、不器用なポーとの凸凹コンビがシリーズ最大の魅力になっています。第1作はその出発点として特別な意味を持つ巻です。
舞台立ても本書の大きな魅力。著者の地元でもあるカンブリア州の自然描写は、単なる背景ではなく物語を支える柱の一つで、英国の地方の冷たい空気がページから立ち上がります。クレイヴンの保護観察官時代の実体験は、捜査の手続きや組織描写の説得力にも自然につながっています。
本格ミステリとしての読み味も骨太で、ロジックの組み立てとヒントの出し方が丁寧。ハードボイルドや社会派警察が苦手な読者にも入りやすく、警察ミステリの形式を取りながら本格の読み心地が残るタイプの一冊です。シリーズはこのあと『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『グレイラットの殺人』『ボタニストの殺人』と続いていくので、気に入ったら順番に進めるのがおすすめ。
ハヤカワ・ミステリ文庫(東野さやか訳)で容易に入手でき、Kindle 版もあります。シリーズの幕開けにふさわしい一冊として、まずはここから。