ミステリーとしての読みどころ
『カササギ殺人事件』(原書2016)の世界的成功から4年。アンソニー・ホロヴィッツが満を持して送り出したスーザン・ライランド・シリーズ第2作が本書、『ヨルガオ殺人事件』です。原題『Moonflower Murders』、原書は2020年8月刊行、日本語版は東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)から2021年に上下分冊で刊行されました。
著者のアンソニー・ホロヴィッツは1955年ロンドン生まれの英国小説家・脚本家。テレビドラマ「バーナビー警部」「刑事フォイル」、シャーロック・ホームズ正典続編『絹の家』、児童・YA小説「アレックス・ライダー」シリーズなど、英国エンタメの主要領域で活動してきた書き手で、本格ミステリの読者に強い印象を残したのが前作『カササギ殺人事件』でした。本書はその続編にあたります。
主人公は前作と同じ元編集者スーザン・ライランド。前作のあとロンドンを離れ、婚約者アンドレアスとともにギリシャのクレタ島で小さなホテルを経営しています。経営は順調とはいえず、その彼女のところに英国からローレンスとポーリーンのトレハーン夫妻が訪ねてくる——というところから物語は動き出します。夫妻が経営するのは、英国サフォーク州にあるカントリーハウス・ホテル「ブランロー・ホール」。8年前、その敷地内でフランク・パリスという宿泊客が殺害され、従業員のステファン・コドレスクが犯人として逮捕・有罪となり、事件は決着したはずでした。ところが最近、夫妻の娘セシリーが、亡き作家アラン・コンウェイの長編『アティカス・ピュント秘事件簿』を読み返した直後に「あれは冤罪だ」と両親に告げ、その後行方知れずになっている——コンウェイの担当編集者だったスーザンに、作中作の手がかりを読み解いてほしい、という導入です。
枠組みは前作同様「現代の捜査」と「作中作の事件」が並走するメタ二重構造です。前作との違いは、作中作と現実の事件のあいだの結びつきがあらかじめ告げられている点。スーザンはコンウェイの作品を読み直しながら、ブランロー・ホールに足を運び、関係者の証言と作中作の細部を突き合わせていきます。地中海クレタ島のホテル、サフォークの田園、ロンドン——複数の風景を行き来しながら、英国カントリーハウスを核とする古典的な意匠が現代の文体で再構成されていく。Kirkus Reviews は本書を「精緻に組み上げられた入れ子構造のフーダニット」と評しており、構築の手堅さは前作のファンの期待を裏切りません。
二つの捜査線がどう交差し、どこで合流するのか——その仕掛けの全貌は、これから読む方の楽しみのために伏せておきます。ホロヴィッツが前作とは別の角度で挑んだ「作中作と現実の事件をどう交差させるか」という問いの答えが、後半にしっかり書き込まれています。訳文は全篇を通して山田蘭。古典本格の格調と現代英米ミステリの軽妙さを日本語で破綻なくつなぎ、本作の構造をフルに味わえる仕事です。
なお本書は2024年に BBC/Masterpiece でドラマ化(全6話、脚本もホロヴィッツ自身)されています。原作未読の方も、まずは二重構造を文字で味わってからドラマに進むのがおすすめ。創元推理文庫(山田蘭訳)で容易に入手でき、Kindle 版・Audible 版もあります。前作『カササギ殺人事件』から本書に進むのが自然な流れですが、本書単独でも長編本格ミステリとして十分に楽しめます。週末の予定を空けて、スーザン・ライランドのもう一つの謎解きにじっくり浸かりたい——そんな気分の方にぴったりの一冊です。