ミステリーとしての読みどころ
英国の現代警察小説でいま最も注目される書き手のひとり、M.W.クレイヴン。そのワシントン・ポー&ティリー・ブラッドショーシリーズの第5作にあたるのが本書『ボタニストの殺人』です。原書は1冊本ですが、邦訳ではハヤカワ・ミステリ文庫から東野さやか訳で上下二分冊として刊行されました。
クレイヴンはシリーズ第1作『ストーンサークルの殺人』(原書2018年)で英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞を受賞してこの分野に登場し、以降『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『グレイラットの殺人』と書き継いできた作家です。本作は原書が2022年6月にコンスタブル社から刊行された第5作で、翌2023年にはテイクストン・オールド・ペキュリア・クライム・ノヴェル・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。英国ミステリ賞の常連となったシリーズの、現時点での代表作のひとつといってよい仕事です。
主役のワシントン・ポーは、英国国家犯罪対策庁(NCA)重大犯罪分析課(SCAS)に所属する叩き上げの刑事で、規則を軽んじてでも筋を通そうとする頑固なタイプ。一方のティリー・ブラッドショーはSCASの内勤分析官で、突出したデータ分析能力と素直すぎるほど素直な感性を併せ持つ若い才能です。現場の直感のポーと、机上で数字を読むティリー——この凸凹コンビの掛け合いは、ホームズ&ワトスン型のバディ構造を現代英国警察の文脈に移し替えたもので、シリーズを通じて読者を引きつける核になっています。
物語は二つの線で進みます。ひとつは「ボタニスト」と名乗る人物による連続殺人。著名人のもとに押し花と詩を添えた殺害予告が届き、警察が警備を固めても、犯人は人目を集める形で標的を仕留めてみせる——警備をどう敷いても止められない予告殺人、という不可能犯罪めいた骨格が物語の背骨にあります。もうひとつは、ポーの友人で病理学者のエステル・ドイルが父親殺しの容疑で逮捕されるという出来事。彼女は「ワシントン・ポーに伝えて」とだけ告げて沈黙してしまい、ポーは自分の友人を信じる側に立たされることになります。一見無関係な二本の線をどう束ねていくのか、というのが本作の構造的な見どころです。
シリーズ5作目で印象的なのは、ポーが「友人を信じる側」に立たされる構図です。これまで彼は被害者と加害者のあいだに距離を置いて捜査をしてきましたが、ここでは捜査対象の側に近しい人間がいるという、いつもとは違う緊張感のなかで動きます。ティリーのデータ的な視点とポーの現場主義が補完し合うコンビネーションは健在で、二人のやり取りの細やかさを楽しみに読んでいる読者の期待を裏切りません。終盤、二本の線がシリーズらしい論理の積み上げで一つに収束していく流れは、この作家の構成力を堪能できる部分です。
邦訳はハヤカワ・ミステリ文庫、東野さやか訳、2024年刊。原書1冊が上下に分かれたのは分量の都合ですが、二つの線が同時並行で走る構造を腰を据えて読むための呼吸として捉えると合点がいきます。シリーズ既訳『ストーンサークルの殺人』『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『グレイラットの殺人』を読んできた読者にとっては、迷わず手に取ってよい一冊です。