本格ミステリとしての読みどころ
アンソニー・ホロヴィッツの新シリーズの幕開けを告げた一冊が、本書『メインテーマは殺人』です。原題は『The Word Is Murder』、原書は 2017 年刊。ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズの第 1 作にあたります。
著者はアンソニー・ホロヴィッツ。『カササギ殺人事件』(原書 2016)で世界的なベストセラー作家となった彼が、その翌年に発表した新しいシリーズが本作です。ホロヴィッツの遊び心が最大限に発揮された異色の枠組みが特徴で、シリーズ全編を貫く設計思想が本書ですでに確立されています。
枠組みの説明から始めなければなりません。本書には、アンソニー・ホロヴィッツ本人が登場します。実名・実経歴で、テレビドラマの脚本家として、そして『カササギ殺人事件』の作者として、現実の我々が知っている「アンソニー・ホロヴィッツ」が、本書の語り手・主人公として作中に立ち上がるのです。彼のもとに、元刑事のダニエル・ホーソーンという男が話を持ち込みます——「俺の事件を本にしてほしい」という、現代版ホームズ&ワトスンを思わせる提案です。
事件そのものは、こんな入り口から始まります。ロンドンの未亡人ダイアナ・カウパーが、ある日葬儀社を訪ねて自分の葬儀の手配を細かく指示する——その数時間後、彼女が自宅で絞殺された状態で発見される。なぜ彼女は自分の葬儀の準備をしていたのか、誰が彼女を殺したのか。シンプルにして強力な引きで、クラシックな本格ミステリの問いが立ち上がります。これをホロヴィッツが「作家として、ワトスン役として」観察しながら追いかけていく——という構図で物語は進んでいきます。
本書の魅力は、メタ構造と本格ミステリのバランス感覚です。著者本人がワトスン役として登場し、自分の家族のこと、出版や脚本の仕事といった実在の文脈をこなしながらホーソーンの捜査に巻き込まれていく。「『カササギ殺人事件』を書いた直後の作家ホロヴィッツ」が「次の長編を書こうとしている」というメタ的な遊びが、本格ミステリの段取りと重ね合わされています。
それでいて、本格としての作法は崩していません。容疑者の整理、動機の積み上げ、伏線の配置、終盤の解明——古典本格の段取りを踏襲したうえに、メタ構造の遊びを重ねる、という二重の挑戦がしっかり成立しています。ホーソーンというキャラクター造形も鮮やかで、元刑事ながら警察を離れる経緯を抱えた、社会性に難があり、しかし鋭い洞察を見せる男——という人物像は、ホームズともポアロとも違う独自の苦みを持ち、シリーズの長期的な引力になっています。
日本語版は東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)、2019 年 9 月刊。Kindle 版もあり入手は容易です。山田蘭訳はホロヴィッツの軽妙な語り口を日本語で再現していて、本シリーズの面白さを存分に味わえます。
シリーズはこの後『その裁きは死』『殺しへのライン』『ナイフをひねれば』『死はすぐそばに』と続いていきます。第 1 作の本書はシリーズの枠組みを確立した記念碑的な一冊。メタ構造に興味のある方、現代英国本格を探している方、軽妙なバディものが好きな方——どこから来ても刺さる、シリーズの起点となる一冊です。