本格ミステリとしての読みどころ
ミステリ史を語る時、必ずどこかで名前が出てくる一冊。1926年の刊行から100年が経とうとしているのに、いまだに本格ミステリ好きの間で「読んだ?」「あれは衝撃だったよね」と話題に上り続けている、本当に特別な作品です。
本作の特別さは、刊行から100年経った今もミステリ評論で恒常的に名前が挙がり続けている点に表れています。後発の作家たちが本作を踏まえて新しい仕掛けを考え、批評家たちが「本作以後の本格ミステリは…」という枠で語り続けている。1冊の長編が本格ミステリというジャンル全体の語彙の一部になっている、稀有な作品です。今回は、なぜ本作がそのような特別な位置にあり続けるのか、構造ではなく背景と影響から書いていきます。
著者はもちろんアガサ・クリスティー。ポアロが探偵役を務めるシリーズの一作にあたります。1926年、クリスティ36歳の作品で、すでに『スタイルズ荘の怪事件』『ゴルフ場殺人事件』を発表していたとはいえ、まだ「ミステリの女王」と呼ばれる前の時期。ところが本作の登場で、英国ミステリ界は文字通り騒然となりました。
刊行当時、本作の評価は真っ二つに割れたと言われます。「ミステリの本道を踏み外している」と批判する声と、「本格ミステリの可能性を一気に押し広げた」と称賛する声。論争は何年も続き、海外のミステリ評論でもずっと言及され続けてきました。100年経った今でも、ミステリ史の本を開けば必ずこの作品の名前が出てきます。「賛否両論を巻き起こした」という言い回しが、これほど似合う作品も珍しい。
ただ重要なのは、本作の価値が「論争の対象になった」ことだけにあるのではない、という点。仕掛けを支えているのは、クリスティの圧倒的な構成力と、英国の村社会を描く筆の確かさです。村医者のシェパード、姉のキャロライン、村の人々の噂話と気配——クリスティが得意とする閉鎖的な共同体の描写が、この作品では一段と冴えています。仕掛けを抜きにしても、村落ミステリとして一級品。本作が長く愛されてきた理由は、ここにあります。
ストーリーは英国の田舎町キングズ・アボットで、富豪ロジャー・アクロイドが館で刺殺されるところから動き出します。村に滞在中だった引退後のエルキュール・ポアロが事件に関わっていく——という、黄金期英国本格としては典型的な舞台立てから物語は始まります。語り手は村の医者シェパード。屋敷の人々、村の住人たち、噂話、それぞれの動機。冒頭の数十ページには、後の英国本格が踏襲することになるディテールがすでに完成形で並んでいます。
本作については、絶対に予備知識なしで読んでください。誰かに概要を聞く前に、ネット検索する前に、レビューを読み込む前に、まず本を開く。これができる時代がだんだん減ってきていますが、本作については特にお願いしたい。事前情報ゼロで読み終えた時の感覚は、ミステリ読書体験として一生モノになる種類のものです。
幸いクリスティー文庫で容易に入手できますし、Kindle版もあります。本格ミステリが好きで、まだ読んでいないなら——他の予定をすべて後回しにしてでも、まずこの一冊を。