本格ミステリとしての読みどころ
M.W.クレイヴンのワシントン・ポー&ティリー・ブラッドショーシリーズは、英国カンブリア地方を主舞台にしたシリアスな警察小説でありながら、元問題刑事のポーと天才アナリストのティリーという凸凹コンビの相性が続巻を読む動機を強く支えてくれます。シリーズ第6作となる本書は、これまででもっとも暗い領域に踏み込む一作と評されています。
著者のM.W.クレイヴンは英国の作家で、デビュー作『ストーンサークルの殺人』でCWAゴールドダガーを受賞して一気に注目を集めました。シリーズはその後『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『ファクトリーの殺人』、前作『ボタニストの殺人』(0107)と続き、本作で第6作にあたります。シリーズの順を追ってきた読者ほど、ポーとティリーの関係の変化を踏まえて第6作の温度を読み取れるはずです。
物語の発端で発見されるのは、木に縛られ石打ちで殺害された男の遺体です。被害者はあるカルト教団の指導者だった人物で、犯行の宗教的な象徴性が捜査の最初から立ち上がります。さらに遺体には複雑な暗号が刻み込まれている——SCAS(重大犯罪分析課)のアナリスト、ティリー・ブラッドショーが解読に手こずるほど難解なコードです。この暗号は単なる模様ではなく、何かを指し示しています。
捜査が進むにつれて、15年前のある事件が事件の輪郭の中に浮かび上がってきます——一人の少女が家族全員を殺害した、という痛ましい記憶です。当時の事件と現在のカルト指導者の死がどう繋がるのか。そして「慈悲の椅子(マーシーチェア)」と呼ばれるものは何なのか。なぜ人々はそれについて語るくらいなら死を選ぶのか。クレイヴンが本書で扱うのは、まさにそういう問いの領域です。
本シリーズが一貫して扱ってきたのは「なぜ人間は追い詰められると暴力に向かうか」という問いです。本書はその問いをこれまででもっとも深く掘り下げた一冊で、加害者と被害者の境界が曖昧になる地点まで踏み込みます。ポーの粘り強い現場主義と、ティリーのデータ・論理による解析という二つの捜査スタイルがどちらも試される題材でもあり、コンビの関係性そのものがプロットの一部として機能しています。
シリーズ第6作にあたるため、初読でいきなり本書から入るより『ストーンサークルの殺人』から順に追っていただいた方が、ポーとティリーの距離感の変化を最大限に味わえます。前作『ボタニストの殺人』を踏まえると本書の二人の佇まいはいっそう響いてきます。ハヤカワ・ミステリ文庫(2025年、東野さやか訳)上下巻。