ミステリーとしての読みどころ
1925年、本格黄金期のまさに入口で書かれた、ロナルド・A・ノックスの長編デビュー作です。舞台はかつてのカントリーハウス跡地に造られた居住型ゴルフ・クラブ。プレイ中の4人組が、外れ球を追って雑木の中に踏み込んだその先で、頭上を走る鉄道陸橋から転落したと思しき男性の遺体に行き当たる――この導入部だけで、英国黄金期ミステリの空気が濃密に立ち上がります。
警察は早々に事故と片付けようとしますが、納得のいかない4人はそれぞれの来歴に従って独自の捜査を始めます。元軍情報部のリーヴズ、退職した大学人カーマイケル、地元の聖職者マリヤット、滞在客のゴードン。彼らが交わすのは、推理というよりは半ば衒学的な仮説交換であり、一人が組み上げた図式を別の一人が傍証で崩し、また別の一人が違う角度から再構築する、そのプロセスそのものが物語を駆動します。多重解決という形式が確立される以前に、すでにその核となる発想を素描してみせている点で、ジャンル史的価値は小さくありません。
ノックスといえば1929年の「ノックスの十戒」、すなわち本格推理が遵守すべき創作規範の起草者として記憶されます。本作はその4年前の仕事ですが、後年の規範意識の萌芽を随所に感じ取ることができます。手がかりはきちんと開示され、超自然的解決は持ち込まれず、探偵役の独占的なひらめきも慎重に避けられています。むしろ複数の素人が相互に推理を検証し合うこと自体が、本作にとっての公平性の担保なのです。
同時に、カトリック司祭にして神学者でもあった著者の筆致は、推理という営みに対して常にどこか一歩引いた、穏やかなアイロニーを湛えています。登場人物たちの推理熱は真剣であればあるほど滑稽味を帯び、しかしその滑稽さが彼らの知的誠実を損なうことはありません。この絶妙な距離感は、後の英国本格が獲得していくユーモアと知性の同居の、ひとつの先駆形と見ることができます。
宇野利泰による邦訳は創元推理文庫から1982年に刊行され、現在も電子書籍を含めて入手可能です。トリックの華やかさや事件の派手さで読ませるタイプの作品ではありません。むしろ、ひとつの死体を前にして人間の解釈がどこまで分岐し、どのように互いを訂正していくか――その思索のプロセスを愉しむ読者にこそ薦めたい、黄金期英国の知的遊戯の原点です。