curator's read
ミステリーとしての読みどころ
ある朝、若い女性がポアロのもとを訪ねてきます。「わたし、人を殺したかもしれないんです」――そう言い残し、彼女は「あなたは年を取りすぎている」とつぶやいて去ってしまいます。残されたポアロは、自尊心を傷つけられながらも、その曖昧な告白の正体を突き止めようと動き出します。
舞台は1966年、いわゆるスウィンギング・ロンドン。ミニスカートとポップアートの色彩に染まった若者文化のただ中で、年老いた灰色の脳細胞がいかに事件と向き合うか――本作の最大の妙味は、まさにこの「時代との距離」にあります。アパートを三人でシェアする「サード・ガール」という当時の生活様式そのものが題名に取り込まれており、現代から振り返ると60年代英国の風俗資料としても味わい深い一作です。
頼りになる相棒として、推理作家アリアドニ・オリヴァ夫人が再登場します。彼女の「うっかり」と「直感」がポアロの理詰めをほどよく揺らし、霧の中をさまようような捜査に独特のユーモアと推進力を与えてくれます。事件の輪郭そのものが長らくはっきりしないまま進行する構成は、後期クリスティーならではの大胆な語り口で、ふわふわと曖昧な「不安」が少しずつ「悪意」の形に凝固していく感触がたまりません。
派手なトリックや物理的な仕掛けで攻めるタイプの作品ではありません。代わりに、人物の像が二重写し・三重写しになっていく心理的な揺らぎと、時代の空気そのものを犯罪の土壌として描き出す筆致が読みどころです。本格ミステリの王道のど真ん中に置く一冊ではありませんが、巨匠が晩年に若い世代へまなざしを向けた異色作として、ポアロものを一通り読んだ方にこそ次の一冊として勧めたい――管理人としてはそんな立ち位置の推薦になります。早川書房クリスティー文庫で読めます。
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