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REVIEW · 書評
N° 153 · 2026-05-10
葬儀を終えて 表紙画像
黄金期英国古典 ★ イチオシ

葬儀を終えて

アガサ・クリスティー / 早川書房(クリスティー文庫)
" 「だってあの人、殺されたんでしょう?」――葬儀の席のひと言から動き出す、後期ポアロ屈指の構造美
#黄金期の薫り#名探偵に身を任せる#とにかく騙されたい
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📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

ミステリーとしての読みどころ

大富豪リチャード・アバネシーが屋敷エンダビー・ホールで世を去り、葬儀の後に親族が一堂に会して遺言が読み上げられます。誰もが「自然死」と疑わなかったその空気を、末の妹コーラがふとつぶやいた一言が引き裂きます――「だって、あの人、殺されたんでしょう?」。翌日、彼女は寝室で惨殺死体となって発見される。家族の顧問弁護士エントウィスル氏は旧友ポアロを頼り、エルキュール・ポアロが調査に乗り出します。

クリスティー中期、円熟の極みにある一篇です。「あの台詞は本当にそういう意味だったのか」――この一点を軸に、家族写真の細部のように配置された証言と仕草が、終盤で別の絵柄に組み替わる。読み終えてから冒頭数ページに戻ると、こちらの読み方が完全に誘導されていたことに気づき、思わず唸ります。物理的密室や派手なトリックではなく、「人がどう見え、どう見えないか」だけで構築された純度の高い本格。驚き型ミステリの一つの理想形として、自信を持っておすすめできます。

葬儀のあとに開かれる遺言開示の席、その日の昼食、夜の食事、翌朝のニュース。クリスティーが繰り返し書いてきた「英国旧家の数日」の手触りが、本作では特に細やかに書き込まれています。親族一人ひとりに過不足なく動機が配られ、それぞれが嘘とも本当ともつかぬ顔で食卓に並ぶ。誰の善意が、いつ歪んだのか。読者は気づかないうちに、特定の方向にしか視線が向かないように誘導されている――そして終盤の一手で、その視野そのものが書き換わります。

加島祥造氏の訳文も、登場人物の階級・気質・関係性を端正に書き分けており、英国旧家の空気を損なわずに読み通せます。米題は『Funerals are Fatal』。葬儀という古典的な舞台を、クリスティーが最も洗練された形で扱った一冊として、ポアロ通読派にも、クリスティー入門の二〜三冊目を探している方にも、強く薦められます。冒頭のあの一言を、読み終えたあとにもう一度読み返してみてください。意味の重みが、確かに変わっているはずです。

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書誌情報

出版社
早川書房 / クリスティー文庫
原書刊行年
1953
邦訳刊行年
2004
系譜
黄金期英国古典 / 名探偵もの · シリーズ探偵物