ミステリーとしての読みどころ
大富豪リチャード・アバネシーが屋敷エンダビー・ホールで世を去り、葬儀の後に親族が一堂に会して遺言が読み上げられます。誰もが「自然死」と疑わなかったその空気を、末の妹コーラがふとつぶやいた一言が引き裂きます――「だって、あの人、殺されたんでしょう?」。翌日、彼女は寝室で惨殺死体となって発見される。家族の顧問弁護士エントウィスル氏は旧友ポアロを頼り、エルキュール・ポアロが調査に乗り出します。
クリスティー中期、円熟の極みにある一篇です。「あの台詞は本当にそういう意味だったのか」――この一点を軸に、家族写真の細部のように配置された証言と仕草が、終盤で別の絵柄に組み替わる。読み終えてから冒頭数ページに戻ると、こちらの読み方が完全に誘導されていたことに気づき、思わず唸ります。物理的密室や派手なトリックではなく、「人がどう見え、どう見えないか」だけで構築された純度の高い本格。驚き型ミステリの一つの理想形として、自信を持っておすすめできます。
葬儀のあとに開かれる遺言開示の席、その日の昼食、夜の食事、翌朝のニュース。クリスティーが繰り返し書いてきた「英国旧家の数日」の手触りが、本作では特に細やかに書き込まれています。親族一人ひとりに過不足なく動機が配られ、それぞれが嘘とも本当ともつかぬ顔で食卓に並ぶ。誰の善意が、いつ歪んだのか。読者は気づかないうちに、特定の方向にしか視線が向かないように誘導されている――そして終盤の一手で、その視野そのものが書き換わります。
加島祥造氏の訳文も、登場人物の階級・気質・関係性を端正に書き分けており、英国旧家の空気を損なわずに読み通せます。米題は『Funerals are Fatal』。葬儀という古典的な舞台を、クリスティーが最も洗練された形で扱った一冊として、ポアロ通読派にも、クリスティー入門の二〜三冊目を探している方にも、強く薦められます。冒頭のあの一言を、読み終えたあとにもう一度読み返してみてください。意味の重みが、確かに変わっているはずです。