本格ミステリとしての読みどころ
エラリー・クイーンというペンネームには、二重の秘密があります。まず、作者は実在の一人ではなく、フレデリック・ダネイとマンフレッド・B・リーによる共作ペンネーム。そしてもうひとつ——1930年代初頭、彼らはさらに「バーナビー・ロス」という別名でシリーズを書いていました。本書『Yの悲劇』は、そのバーナビー・ロス名義によるドルリィ・レーン四部作の第2作(1932年)にあたります。
探偵役のドルリィ・レーンは、かつてニューヨークの舞台を席巻したシェイクスピア俳優でしたが、耳が聞こえなくなってからは表舞台を退いています。今は郊外の邸宅に隠居しながら、警察から相談を持ちかけられると謎解きに協力する、老練で静謐な探偵です。
本書の事件はニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジのハター屋敷で始まります。一族の当主ヨーク・ハターの遺体が海で発見されたことを発端に、屋敷に集う家族のあいだで連続的な事件が起き始める。バーバラは知性過剰な予言者気取り、コンラッドは酒に溺れる問題児、ジャッキーは残酷さを発明のように楽しむ少年、ジルは社交界を渡り歩くデビュタント——登場する家族それぞれが、まるで病理の見本市のような異様さを放っています。
クイーン/バーナビー・ロスの初期作品群は論理的なパズルの精密さで知られていますが、本作はそれに加えて、家族の腐敗と暗部を徹底的に描写しています。黄金期の探偵小説がしばしば「明るい謎解き」のイメージで語られるのとは対照的に、本作の底には「家族という閉鎖空間が生む闇」への視線があります。読後に残るのは解けた謎の爽快感だけでなく、ハター家の崩壊が残す苦い余韻でしょう。
論理的推理の骨格については申し分ありません。手がかりは誠実に提示され、ドルリィ・レーンの推理は積み上げられた証拠を前提に展開する。クイーン国名シリーズで磨かれた「すべての手がかりを読者に提示する」という方針は、本作でも貫かれています。ただし国名シリーズと比べると、人物描写と心理の深みが増しており、謎解きのプロセスに感情的な重みが加わっています。
エラリー・クイーン名義の国名シリーズを経て本作に来るか、あるいは逆の順で読むかで印象は変わりますが、いずれにしても本作が黄金期米国本格の幅と深さを示す一冊であることは間違いありません。
創元推理文庫(2022年刊)。
(出典: Wikipedia "Ellery Queen" / The Green Capsule / Reading Ellery Queen)