本格ミステリとしての読みどころ
戦国時代を舞台にした本格ミステリという試みを、第166回直木三十五賞・第12回山田風太郎賞・第22回本格ミステリ大賞のトリプル受賞という形で公的に認証させた一冊が、米澤穂信が2021年にKADOKAWAから刊行した『黒牢城』です。さらに「このミステリーがすごい!2022年版」「ミステリが読みたい!2022年版」「2022本格ミステリ・ベスト10」「週刊文春ミステリーベスト10」の四大ミステリランキング国内編をすべて第1位で制覇し、合計9冠という稀有な達成をしました。
物語の舞台は、天正6年(1578年)、摂津国の有岡城(現・兵庫県伊丹市)。織田信長の有力配下のひとりだった荒木村重が、突如として信長に叛旗を翻して籠城します。信長は使者を送って翻意を促しますが失敗し、続いて織田方に与する小寺家の家臣・黒田官兵衛(のちの黒田如水)が単身、説得のため有岡城に乗り込みます。ところが村重は説得に応じず、官兵衛を土牢に幽閉してしまう——という史実から、本作は始まります。官兵衛の幽閉が約1年にわたったことは歴史に記された通りですが、その期間に有岡城の中で何が起きていたかは、小説の領域に委ねられた部分です。
米澤穂信が選んだのは、その閉鎖された城の中で不可解な事件が連続して起きるという設定でした。籠城軍を率いる村重は、難事件を抱えるたびに土牢の官兵衛のもとへ降りていき、謎解きを請う。城という巨大な閉鎖空間の内側に、さらに土牢という二重の閉じ込めがあり、その最深部にいる囚われ人が探偵役を務めるという重層的な構造が、本作の核にあります。
官兵衛は現場を自由に調査することも、証人と直接対話することもできません。村重を通じて伝えられる情報だけを頼りに推理を組み立てていく——この制約は、本作に安楽椅子探偵ものとしての側面も与えています。同時に、村重が官兵衛に謎を解かせる動機は「真相を知りたい」という単純な好奇心ではなく、籠城軍の動揺を鎮め、叛逆を成功させたいという政治的必要性に根ざしています。謎が解けることと城の運命とが直接リンクしているため、各章の解明が歴史の流れと重なって読めるという、多重の読み応えが用意されています。
米澤穂信は『氷菓』に始まる「古典部」シリーズや「小市民」シリーズで広く知られる作家ですが、近年は『満願』『王とサーカス』『真実の10メートル手前』など大人向けの本格・現代もの路線でも高い評価を獲得してきました。『黒牢城』はその20年超の作家活動が結実した到達点といえる長編で、直木賞と本格ミステリ大賞の双方を同時に獲ったのは戦後ミステリ史でも稀な快挙です。「歴史小説としての厚み」と「本格ミステリとしての論理的骨格」を一冊の中で両立させた点が、各賞の選評で繰り返し評価されました。
歴史小説として読んでも本格ミステリとして読んでも、どちらの読者にも届く一冊です。戦国の合戦譚を期待して読み始めた人ほど、章ごとに提示される謎の手触りに驚くことになるはず。本格ミステリ読者にとっては、戦国という時代設定が論理を曇らせるどころか、むしろ証言と証拠の扱いを研ぎ澄ませる装置として働くさまが新鮮です。本木雅弘主演・黒沢清監督による映画版が2026年に公開予定であることも、本作の現在的な広がりを示しています。
KADOKAWA刊(2021年)。