本格ミステリとしての読みどころ
タイトル『どちらかが彼女を殺した』。タイトルそのものが本書の構造を端的に語っています。容疑者は二人、そのどちらかが犯人——東野圭吾が現代日本本格の中で挑んだ、挑戦状型ミステリの代表作です。
著者は東野圭吾(1958年生)。1985年『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受賞してデビューしてからコンスタントに本格ミステリの長編を発表してきた書き手で、本書はデビューから10年あまり経った時期の長編にあたります。
刊行は1996年6月に講談社ノベルス、1999年5月に講談社文庫、2023年6月に文庫新装版というかたちで版を重ねてきました。加賀恭一郎シリーズの第3作という位置づけで、前作『眠りの森』、次作『悪意』(同じく1996年・双葉社)と並ぶ、シリーズ中期の重要な一冊です。
物語は、OLの和泉園子が自宅で死亡しているのが見つかる場面から始まります。第一発見者は彼女の兄で、しかも警察官という立場にある人物。妹の死を巡る状況を独自に追う兄の前に、二人の容疑者が浮かび上がる——という出だしです。捜査の現場には、シリーズ探偵である加賀恭一郎刑事も現れ、兄の独自捜査と並走するかたちで物語が進んでいきます。
本書がよく「挑戦状型」と呼ばれるのは、最終的な解決部の語り口にあります。読者にどこまで開示し、どこから先を委ねるか——そのバランスを大胆に振り切った作りで、初版刊行直後には講談社編集部に「結局、犯人はどちらなのか」という問い合わせが多く寄せられたという逸話がよく紹介される一冊です。文庫化以降の版には袋綴じの解説が付されてきましたが、それでもなお犯人の名は直接書かれない、という形を保っています。読者が手がかりを拾い、自分の頭で結論にたどり着く——その過程を作品体験として提示しているわけです。
加賀恭一郎の人物像という観点でも興味深い作品です。本書の加賀は「兄の独自捜査」をどう扱うかという立場に置かれ、後年のシリーズで親しまれる、相手の事情を汲みつつも事実を執拗に追っていく加賀像の素地が見えてきます。次作にあたる『悪意』(1996)で深まる「動機の物語」の前段に位置づけて読むと、シリーズの設計が立体的に立ち上がってきます。
入手は講談社文庫(1999)、新装版(2023)、Kindle 版で容易です。姉妹編とよく対で語られる『私が彼を殺した』(1999)と合わせて読むと、東野が二度にわたって挑戦した挑戦状型本格の手つきがより鮮やかに見えてきます。読者への挑戦型の本格が好きな方、加賀恭一郎シリーズを順に追ってみたい方には、ぜひ手にとってみてほしい一冊です。