本格ミステリとしての読みどころ
「名探偵夢水清志郎事件ノート」シリーズ。1996年に講談社青い鳥文庫から刊行された長編で、シリーズが定着期に入った時期の一冊です。
著者のはやみねかおるは、三重県伊勢市生まれ、三重大学教育学部数学科卒の元小学校教師。1989年デビュー、本シリーズで日本のジュニア向け本格ミステリの代表作家として知られるようになりました。
物語の舞台は、笙野之里(しょうののさと)と呼ばれる山里の村。地元の村おこしの一環として、推理小説雑誌の協力のもと、観光客を呼び込むための「推理ゲーム」企画が進行しています。雑誌『セシーマ』に原稿を依頼された夢水清志郎が岩崎三姉妹とともに笙野之里を訪れ、本物の事件として進行する謎に向き合うことになります。村に伝わる「魔女」の伝説、雪原に残された消える足跡、不思議なシュプール——古典本格の常套要素を組み合わせた仕掛けが、シリーズおなじみの軽妙な語り口で展開していきます。
本書を読むときの楽しみは、「村に伝わる伝説」と「現代の事件」が交差していく構図にあります。閉ざされた共同体に伝わる伝説と、その上に重ねられる現代の謎——という枠組みは、横溝正史『八つ墓村』のような国内本格の伝統や、英国本格(『バスカヴィル家の犬』)の系譜にも連なるもの。それを児童向け文庫のフォーマットで再現しているのが本書のチャレンジで、子ども読者にとっては「本格ミステリの伝統的な舞台立て」への入り口になる作品です。
夢水清志郎の名探偵ぶりも本書ではさらに堂に入っています。シリーズが進むにつれ、彼のマイペースぶりと推理力のギャップ、岩崎三姉妹との関係性も読者にとって馴染み深いものになっており、本書はそのキャラクター像が一段と楽しめる巻でもあります。長女・亜衣の語り口の落ち着き、真衣・美衣との掛け合い、夢水と村人たちのやりとり——シリーズ常連の関係性が山里という非日常の舞台で展開する楽しさがあります。
文体は児童向け文庫の作法を保ちつつ、本格ミステリとしての構造は丁寧に作り込まれています。雪原の足跡という古典的な不可能、消えるシュプールの謎——どれも本格の王道トリック領域で、それを児童向けにわかりやすく提示する書きぶりは、シリーズの中でも特に成熟した一冊の印象です。
講談社青い鳥文庫で容易に入手でき、Kindle 版もあります。シリーズを順番に追ってきた方には、第1〜3作の流れを受けて自然に進める一冊。「村に伝わる伝説」「雪原と足跡」という古典本格の舞台が好きな方、ジュニア向けでありながら骨太な本格を読みたい方にもおすすめの一冊です。