本格ミステリとしての読みどころ
国内ミステリの「歴代ベスト」を選ぶたびに、ほぼ必ず最上位で名前が挙がる一冊。週刊文春が編んだ「東西ミステリーベスト100」国内編では、1985年版と2012年版のいずれでも本作が1位に選ばれており、戦後日本の本格ミステリを代表する作品として広く認知されてきました。
著者の横溝正史は、戦前の探偵小説の流れを汲みながら、戦後に金田一耕助シリーズで一気に新たな読者層を掴んだ作家です。本作『獄門島』は雑誌『宝石』に1947年1月号から1948年10月号まで連載された長編で、シリーズの代表作として位置づけられています。横溝はこの時期、疎開先の信州で英米黄金期の本格ミステリを集中的に読み込んでいたと伝えられ、その吸収を結晶させた作品群の中心にあるのが『獄門島』です。
物語が動き出すのは終戦直後。瀬戸内海に浮かぶ孤島・獄門島へ、金田一耕助が一人の戦友の遺言を届けるために渡る場面から始まります。死んだ戦友・鬼頭千万太は、復員船の中で「俺が島へ帰らないと、三人の妹たちが殺される」と言い残していました。網元として島を仕切ってきた鬼頭家、その家に集う人々、そして島の閉ざされた共同体——金田一が抱える違和感を背景に、不穏な事件が静かに連鎖していきます。
本作の骨格は、孤島というクローズドサークルと、文芸的なモチーフに沿って事件が演出される「見立て」の構造です。見立て殺人という手法自体は、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』(1929年)など同時代の英米本格にも先例がありますが、横溝はそれを日本の古典文芸という土壌に移植し、瀬戸内の孤島という地理に重ねて独自のものに作り変えました。閉鎖された共同体と外部者である金田一の対峙は、英国黄金期の村落本格にも通じる緊張感を孕んでいます。
金田一耕助という探偵像も、本作で性格が鮮明になります。住人でも警察でもない部外者として島に立ち、土地の事情を聞き取りながら状況を組み立てていく。読者は金田一の視点に沿って謎に向き合うことができ、地形や系譜、土地の歴史といった情報がそのまま手がかりへ転換していきます。
映像化も多く、市川崑監督・石坂浩二主演による1977年の劇場版がよく知られています。映像から入った読者でも、原作を活字で追うことで初めて見えてくる構造の細部があるはずです。角川文庫で容易に入手可能で、横溝正史の入門としても、戦後本格を一作だけ通読してみたい人にも勧められる一冊です。