本格ミステリとしての読みどころ
日本の本格短編集を語るとき、いまも必ず参照点として呼び出される一冊。1980年に単行本が刊行され、翌1981年に表題作が第34回日本推理作家協会賞短編部門を受賞しました。授賞時の選評でも「二重三重の意外性を用意した綿密な構成」が評価されており、構造の濃密さと文学的な密度を両立させた短編集として、刊行から40年以上が経った今も版元で生き続けています。
著者は連城三紀彦(1948〜2013)。1978年に幻影城新人賞佳作「変調二人羽織」でデビューし、本格ミステリ・恋愛小説・時代小説を行き来した稀有な書き手です。1984年には『恋文』で直木賞を受賞、本格作品でも『夜よ鼠たちのために』など短編の名手として知られます。本書は本格作家としての連城を世に決定づけた一冊で、後年に至るまでの連城短編に通底する美意識と構成感覚は、すでにここで一つの完成形に達しています。
収録は「藤の香」「桔梗の宿」「桐の柩」「白蓮の寺」「戻り川心中」の5篇。いずれも花を題に冠し、明治末から昭和初期の近過去を舞台にした連作で、後にこれらは「花葬」シリーズと総称されるようになりました。遊郭・任侠世界・文人の心中行といった退廃的な世界が、耽美な筆致で描かれていきます。各篇の核には謎と犯罪が据えられているのに、語り口はあくまで詩情に満ちている——本格と純文学の両側から評価され続けてきた理由が、この距離感にあります。
表題作「戻り川心中」は、大正歌壇の寵児として知られた歌人・苑田岳葉の生涯を題材にした一篇です。心中行を歌に遺したという歌人の足跡を、後年の取材者が辿りながら、その情死をめぐる謎を解きほぐしていきます。和歌という表現形式そのものへの作家の眼差しが、推理の運びと響き合う一篇で、表題作にして賞対象作にふさわしい完成度を備えています。
連城の本格短編が特異なのは、技巧の派手さで驚かせるのではなく、登場人物の情と論理の輪郭が同じ筆致で描かれることでしょう。古典本格に親しんできた読者にとっては、「人情と事実の間に隠れたもの」を追うこの姿勢は新鮮に映るはずです。一篇を読み終えるたびに、それまで見えていた風景が静かに別物に変わっている——本格短編がもたらす驚きの中でも、特に余韻の長い種類の体験が用意されています。
5篇それぞれが独立した謎を持ちながら、花と死のイメージを共有することで、短編集全体としても一つの長い詩のように読めます。1篇あたり30〜40分ほどで読み切れる長さなので、寝る前の一篇という付き合い方にも合います。現行入手は光文社文庫版(2006年)が手に取りやすく、本格と文学性の両立を堪能したい読者にとって、長く座右に置ける一冊になるはずです。