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INTRO · 作品紹介
N° 099 · 2026-05-08
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戦後昭和国内 AI

11枚のとらんぷ

泡坂妻夫 / 東京創元社(創元推理文庫)
" 奇術ショウと作中作が二重に絡み合う、プロ奇術師による初長編本格。
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本格ミステリとしての読みどころ

泡坂妻夫(本名・厚川昌男、1933〜2009)は、本格ミステリ作家であると同時にプロの奇術師としても知られた稀有な書き手です。東京・神田の紋章上絵師(着物に家紋を描き入れる職人)の家に生まれ、家業を継ぎながら創作奇術に打ち込み、1969年には自作奇術をまとめた『厚川昌男作品集』で第2回石田天海賞を受賞しています。家業と奇術の二足のわらじに加えて、43歳のときに幻影城新人賞佳作「DL2号機事件」で小説家デビュー。同じ1976年、幻影城ノベルスから初長編として世に出たのが本作『11枚のとらんぷ』です。職人・奇術師・本格作家という三つの顔が初めて一冊の中で交わった、文字どおりの出発点にあたります。

泡坂のフィルモグラフィには、後年の亜愛一郎シリーズ、『乱れからくり』(1977年・第31回日本推理作家協会賞)、ミステリ史上の奇書として語り継がれる『しあわせの書』『生者と死者』など、趣向に富んだ作品が並びます。どの本にも一貫して流れているのは、奇術師ならではの「観客の注意をどう導き、何を見せず、いつ提示するか」という構成感覚で、本作はその出発点でありながら、すでに完成度の高い設計を見せています。

物語の舞台は奇術愛好家たちのショウ。公演にまつわる関係者の一人が自宅で死亡しているのが見つかったところから事件は動き出します。現場の傍らには、被害者がかつて書いた同題の奇術小説『11枚のとらんぷ』が静かに置かれている——その作中作は11篇の奇術を題材にした掌編集で、本編の中に丸ごと内包される形で読者にも提示されます。読み手は本編と作中作の双方を往復しながら、二重に張られた手がかりを辿っていくことになります。

この二重構造こそが本作の核です。奇術の技は「観客の注意を意図した場所に向け、本当の動きを見せない」ことに支えられていますが、泡坂はその技法を本格ミステリにおける「読者の誘導」へとそのまま翻訳しました。どこを見せ、どこを伏せ、どのタイミングで何を出すか——その配分には、プロの奇術師でなければ持ち得ない精度があります。

読み手にとっては、二度読み三度読みの愉しみが特に強い一冊です。一度目は二重構造に翻弄されながら読み、二度目はその構造の意味を確かめに戻る、という付き合い方が自然と促されます。後年の海外本格、たとえばホロヴィッツの『カササギ殺人事件』(2016年)に代表される「作中作と現実が照らし合う本格」の感触を、その40年も前に国内で完成させていた一冊と位置づけても過言ではありません。

現行の入手先は東京創元社の創元推理文庫新版(2023年)が最も手に取りやすい形です。亜愛一郎シリーズや『乱れからくり』と並べて読み進めれば、本格と奇術が同じ地平で響き合う泡坂世界の手触りが、ゆっくりと立ち上がってきます。

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書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
1976
邦訳刊行年
2023
ISBN-13
9784488402280
系譜
戦後昭和国内 / メタ本格