本格ミステリとしての読みどころ
奇術とミステリ、二つの世界を一人で歩いてきた作家がいます。プロのマジシャンとして紋章上絵師の家業も継ぎながら本格ミステリを書き続けた泡坂妻夫——その代表長編のひとつが、1977年に刊行された『乱れからくり』です。
著者は1976年の処女長編『11枚のとらんぷ』ですでに本格作家としての存在感を示していましたが、その翌年に発表された本作で1978年の第31回日本推理作家協会賞長編部門を、大岡昇平『事件』とともに受賞します。新人作家にしてミステリ史に残るベテラン作家との同時受賞という結果は、デビュー間もない時期の泡坂作品が当時どれほどの衝撃を与えたかを物語ります。創元推理文庫からは2024年に新装版が刊行され、現在もっとも入手しやすい版になっています。
物語は経済研究所を営む元女刑事・宇内舞子と、新米助手の勝敏夫のもとに、玩具会社部長・馬割朋浩から妻の素行調査の依頼が舞い込むところから動き出します。ところが二人が調査に取りかかった矢先、朋浩は信じがたい奇禍に見舞われる——空から落ちてきた隕石の直撃を受けて命を落とすのです。およそ確率論を超えた死を入口に、馬割家ではさらに不可解な死が続き、舞子と勝はこの一族が抱える、江戸期にさかのぼる秘密と向き合うことになります。
馬割家の敷地には「ねじ屋敷」と呼ばれる五角形の迷路状の建造物がそびえ、その異形の構造そのものが事件の謎の一部となっています。タイトルにある「からくり」とは日本伝統の自動機械・仕掛け物の総称で、からくり人形やからくり玩具、からくり建造物のかたちで作中の随所に顔を出します。「観客が気づかないうちに仕掛けが動いている」というからくりの本質と、「読者が気づかないうちに伏線が機能している」という本格ミステリの構造は、奇術師である泡坂の手にかかると驚くほどの相性で噛み合います。からくりに関する衒学的な解説そのものが読み物として楽しく、なおかつ推理の論理にきちんと奉仕している——特殊知識探偵ものを好む読者にはたまらない肌合いです。
前作『11枚のとらんぷ』が「作中作と奇術」というメタ構造を主題にしていたのに対し、本作は「仕掛け物の知識と本格の構造」という別方向への展開を見せています。一作ごとに違う切り口から本格の可能性を試していた初期泡坂の姿勢が、もっとも豊かな形で結晶した一冊と言ってよいでしょう。
入手は創元推理文庫の新装版(2024年)が現行で、紙書籍・電子書籍ともに容易に手に入ります。奇術師作家の本格を一冊だけ読むなら——という入口としても、まず手に取って外れのない長編です。