Top Reviews ひらいたトランプ
REVIEW · 書評
N° 019 · 2026-05-05
ひらいたトランプ 表紙画像
黄金期英国古典 ★ イチオシ

ひらいたトランプ

アガサ・クリスティー / 早川書房(クリスティー文庫)
" 4 人の容疑者、4 人の探偵。心理推理に振り切ったクリスティ中期の異色長編。
#黄金期の薫り#名探偵に身を任せる
📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

本格ミステリとしての読みどころ

クリスティが本格ミステリの構造そのものを実験的に扱った一冊として、本作は外せません。原書は 1936 年にコリンズ・クライム・クラブから刊行されました。同じ年に発表された『ABC 殺人事件』『メソポタミヤの殺人』と並ぶ、彼女のもっとも創造性が冴えた時期の作品の一つです。

著者はアガサ・クリスティー。原題は『Cards on the Table』。タイトルが示す通り、物語の鍵を握るのはブリッジ(コントラクトブリッジ)の卓です。カードゲームの席を本格ミステリの中心に据えるという、ひと癖ある企てを、クリスティはこの長編で成立させています。

物語の発端は、ロンドンの社交界に出入りする謎めいた蒐集家シャイタナ氏が、ある日ポアロに「珍しいものを集めるのが趣味でね」と語り、自分は罪に問われずにいる人物を何人か知っていると告げるところから始まります。その後、シャイタナ氏は自邸でのちょっとしたブリッジの会に、4 人の容疑者と 4 人の探偵——エルキュール・ポアロ、スコットランドヤードのバトル警視、政府関係者のレイス大佐、そして推理作家アリアドニ・オリヴァ夫人——を招きます。

そして事件は起こります。容疑者は卓を囲んでいた 4 人。動機も機会も判然としない状況のなかで、ポアロが取り組むのは、4 人の容疑者それぞれの過去をたぐり、ブリッジの席での振る舞いを彼らの人物像と重ねながら、現在の殺人犯を絞り込んでいくという、心理推理に徹した捜査です。

本作の見どころのひとつは、4 人の探偵がそれぞれの流儀で 4 人の容疑者を調べていく構図です。クリスティは作品冒頭の前書きで「容疑者は 4 人、犯人はそのうちの 1 人。推理は純粋に心理的なものに頼らねばならない」と宣言しており、その通りに物語は進行します。本格ミステリのフェアプレイ精神を極限まで純粋化したような構造で、後発の作家たちにもしばしば参照されてきた一冊です。

なお、本作は推理作家アリアドニ・オリヴァ夫人がポアロ長編に初めて登場する作品でもあります。クリスティ自身を戯画化したかのような彼女のキャラクターは、以後のポアロ長編にも繰り返し顔を出していくことになります。

日本では早川書房クリスティー文庫(加島祥造訳)で容易に入手でき、Kindle 版もあります。心理戦中心の本格に興味がある方、容疑者の人数を絞り切った極限的な構造の作品が好きな方、4 人の探偵が並走する構図を体験したい方に、ぜひ手に取っていただきたい中期クリスティの意欲作です。

❦ ❦ ❦

書誌情報

出版社
早川書房 / クリスティー文庫
原書刊行年
1936
邦訳刊行年
1957
ISBN-13
9784488015459
系譜
黄金期英国古典