本格ミステリとしての読みどころ
アンソニー・ホロヴィッツのホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ第5作。原題『Close to Death』、原書は2024年刊行、日本語版は東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)から2024年9月に上梓されました。シリーズ既刊の中でもっとも新しい一冊にして、構成上の挑戦が際立つ意欲作です。
著者のアンソニー・ホロヴィッツは1955年ロンドン生まれの英国小説家・脚本家。テレビドラマ「バーナビー警部」「刑事フォイル」、シャーロック・ホームズ正典続編、児童向け「アレックス・ライダー」シリーズなど、英国エンタメの主要領域で長く活動してきた書き手です。
本書では、シリーズの基本フォーマット——著者本人がワトスン役として捜査に同行し、リアルタイムで事件を記録する——が大胆に変奏されます。今回ホロヴィッツが描くのは、ホーソーンと出会う以前に手掛けられた「過去の事件」。出版社の締め切りを前にしたホロヴィッツが、ホーソーンが昔処理した冷案の記録と聞き書きをもとに、それを長編に書き直していくという形です。Kirkus Reviews などの英米書評は、この構成を『カササギ殺人事件』を彷彿とさせる入れ子の語りとして好意的に紹介しています。
事件の舞台は、ロンドン・リッチモンド・アポン・テムズに位置するクルドサック(行き止まりの小道)「リバーヴュー・クロウズ」。6軒の住宅が建ち並ぶ閉鎖的な高級住宅地に、新しく引っ越してきた金融業界の住人ジャイルズ・ケンワージーが、騒音や敷地内の建設計画などで近隣住人との関係を悪化させていきます。そのケンワージーがある日、自宅でクロスボウの矢を喉に受けた状態で発見される——というのが事件の核です。
舞台立てそのものが英国本格の系譜に深く連なっています。クリスティのセント・メアリ・ミード村に始まり、ジョージ・ベラミーが描く郊外住宅地まで、「閉じた小さな共同体で、表面的な礼節の下に隠された憎悪が露わになる」というモチーフは、英国本格の通底音のひとつ。本書はそれを現代ロンドンの高級住宅地で再演しつつ、容疑者全員に殺害動機がある——という古典的な難局を作り上げています。
構成上の楽しみとして、現代パートは一人称(ホロヴィッツの語り)、過去パートは三人称で書かれており、二層を行き来しながら事件が再構築されていく形になっています。前作『ナイフをひねれば』が「語り手が容疑者になる」ことでシリーズを揺さぶったとすれば、本書は「語り手がそもそもその場にいなかった」という別方向の揺さぶり。シリーズを連作として読んできた読者ほど、その差分が深く味わえます。
東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)で入手でき、Kindle 版もあります。本書から入っても本格ミステリ単独として読めますが、シリーズの第1〜4作を読んできた方には、語り手の立ち位置の変化込みでとくにおすすめ。シリーズはこの先も続編が予告されており、ホーソーン&ホロヴィッツの関係はまだ進行中です。週末をひと通り空けて、現代英国本格の最前線をじっくり味わいたい方に。