本格ミステリとしての読みどころ
英国でいま最も売れているコージーミステリのひとつ、リチャード・オスマンの「木曜殺人クラブ」シリーズ。その第3作にあたるのが本書『逸れた銃弾』です。シリーズ第1作『木曜殺人クラブ』(原書2020年)が世界的ベストセラーになって以来、年に1冊のペースで新作が積み重ねられてきました。
著者のリチャード・オスマンは、小説家になる前から英国では誰もが顔を知っているテレビ・パーソナリティで、BBCのクイズ番組〈Pointless〉の司会者として長く親しまれてきた人物です。その司会業のかたわらに書き上げた長編デビュー作がシリーズ第1作で、刊行直後から英国ベストセラー首位を走り続け、世界各国で翻訳が進みました。2025年にはネットフリックスで映画版(クリス・コロンバス監督、ヘレン・ミレン/ピアース・ブロスナン/ベン・キングズレー/シーリア・イムリー出演)も公開されており、いまや原作を読んでいない人にも届く存在になっています。
舞台は前作までと同じ、引退世代向けの高級居住区クーパーズ・チェイス。元諜報部員のエリザベス、元看護師のジョイス、元精神科医のイブラヒム、元労組活動家のロン——70代の4人組が週に一度集まり、未解決事件をお茶とビスケット片手に検討するのがシリーズの骨格です。本作でもその温度感はまったく変わりません。
本作の発端は、約10年前の未解決事件です。地方ニュース番組の女性キャスター、ベサニー・ウェイツが、深夜に車ごと崖から落とされ、遺体は見つからないまま行方不明になっている——という出来事を、4人組がいつものように検討しはじめるところから物語は動き出します。そこに、エリザベスのもとに「元KGB大佐を殺せ、さもなくばジョイスを殺す」という剣呑な脅迫が舞い込んでくる。コージーの皮を被りながら、いつもより少し危うい場所へ4人が足を踏み入れていく、というのが本書の出発点です。
シリーズを読み続けてきた読者にとって嬉しいのは、回を重ねるごとにサブキャラクターたちの輪郭が厚くなっていく点です。地元警察の若手コンビ、エリザベスの夫スティーヴン、前作から登場した助っ人——シチュエーション・コメディのような群像の楽しさが、3作目では一段と前に出てきます。コージーミステリの軽さを保ちながら、年齢を重ねること、誰かを失うこと、過去と折り合いをつけることへの静かな目線が通奏低音として流れているのも、このシリーズが単なる軽読み物にとどまらない理由でしょう。
邦訳はハヤカワ・ミステリ(ポケミス)から羽田詩津子訳で2023年7月に刊行されています。第1作・第2作(第1層収録)を読み終えた人なら、迷わず手に取ってよい一冊です。