ミステリーとしての読みどころ
クリスティー作品のなかでも、本作はとにかく「舞台立て」がうまい一冊です。デヴォン州のナス・ハウス(Nasse House)で開かれる夏の野外祭、その目玉企画として推理作家アリアドニ・オリヴァーが筋書きを書いた「殺人事件ハント」――参加者が手がかりをたどって被害者役を探す遊び――が用意されている。ところがオリヴァ夫人はポアロに、「なんだか嫌な予感がする、本当に殺人が起きるかもしれない」と相談を持ちかける。そして当日、被害者役を演じていた少女マーリンが本当に絞殺された姿で発見され、同時にナス屋敷の女主人スタッブズ夫人ハティが屋敷から消える。
「作中作の遊戯と現実の殺人が二重化する」という設定そのものが大きな仕掛けになっていて、犯人がなぜわざわざこのタイミングを選んだのか、誰がオリヴァ夫人の筋書きを利用したのか、という方向に推理が走っていきます。物理トリック志向の方には地味に映るかもしれませんが、本格としての骨格は「人物配置と動機の構図をひっくり返す」型。クリスティー本来の強みであるミスディレクションを、夏祭という賑やかな書割のなかで効かせてくる作品です。
成立事情も面白く、本作はもともと1954年にクリスティーが地元教会のステンドグラス寄付のために書いた中編「Hercule Poirot and the Greenshore Folly(ヘラクレス・ポアロとグリーンショアの邸)」を、二年かけて長編へ書き直したもの。ナス・ハウスのモデルはクリスティー自身の別荘グリーンウェイで、デヴォンの川沿いの風景描写には作者の土地勘と愛着がそのまま流れ込んでいます。後期作品にしては筆が軽やかで、オリヴァ夫人の「自作の筋書きを他人に台無しにされた作家の困惑」という楽屋落ち的なユーモアも楽しい。
派手な驚天動地の一撃というより、「祝祭の裏で進行していたもう一つの物語」がするりと姿を現す静かな着地が好きな方に薦めたい一冊です。クリスティー文庫の中村妙子訳で安心して読めます。ポアロもののなかで「英国カントリーハウス+夏祭」の空気を味わいたい方、物語内ゲームと現実の殺人が二重化する構造に惹かれる方、派手な物理トリックより人物配置の妙で読ませる本格を好む方に、まず手に取っていただきたい一作です。