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REVIEW · 書評
N° 016 · 2026-05-05
雲をつかむ死 表紙画像
黄金期英国古典 ★ イチオシ

雲をつかむ死

アガサ・クリスティー / 早川書房(クリスティー文庫)
" パリ発ロンドン行き旅客機の客室で起きる事件。空のクローズドサークル本格。
#黄金期の薫り#名探偵に身を任せる
📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

本格ミステリとしての読みどころ

舞台は当時としてはまだ目新しかった旅客機の機内です。原書は 1935 年刊行、ポアロシリーズの第 12 長編にあたります。前年の『オリエント急行の殺人』が大陸横断鉄道を舞台に据えたとすれば、本作はその空中版という位置に置かれることが多い一冊です。

著者はアガサ・クリスティー。英国題は『Death in the Clouds』、米国題は『Death in the Air』。物語の舞台は、パリのル・ブルジェ空港からロンドン郊外のクロイドン空港へ向かう旅客機の後部客室です。後部客室にいる乗客は 11 名、そこに乗務員が加わるという小さな空間で、物語は動き出します。

着陸が近づいたころ、最後部の席に座っていた一人の乗客が死亡しているのが見つかります。場所は飛行中の機内、容疑者となりうるのは同じ後部客室にいた乗客と乗務員だけ——という、典型的なクローズドサークルの状況です。同乗していたポアロは、ロンドン警視庁のジャップ警部とも手を組み、地上に着いた後の捜査に乗り出していきます。

容疑者の顔ぶれは、考古学者の若い夫妻や歯科医、女性帽子店の従業員、推理作家など、いかにも黄金期英国の旅情を感じさせる人々で揃えられています。クリスティはここで、機内という限られた空間の中での人々の振る舞いと、地上に降りてからの彼らの来歴を丁寧に並べ直し、両者を行き来させながら推理を組み上げていきます。

読みどころは、1930 年代に台頭しつつあった航空旅行という新しい舞台装置を、本格ミステリの論理に馴染ませる手つきです。当時の旅客機の客室がどのような空間で、どのような移動手段だったか、その描写そのものが現代の読者には新鮮に映るはずです。発表当時の英国評壇でも、舞台設定の新しさとプロットの巧みさは好意的に受け止められました。

日本では早川書房クリスティー文庫で容易に入手でき、加島祥造訳の旧版に加えて田中一江による新訳版も刊行されています。Kindle 版も用意されています。列車や船、そして飛行機といった「移動する密室」の本格ミステリに惹かれる方、1930 年代欧州の旅の空気が好きな方に、ゆったり読んでいただきたい一冊です。

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書誌情報

出版社
早川書房 / クリスティー文庫
原書刊行年
1935
邦訳刊行年
1978
ISBN-13
9784152099259
系譜
黄金期英国古典