ミステリーとしての読みどころ
「私、いつか殺人を見たことがあるの」――ハロウィーン・パーティの飾り付けの最中、13歳の少女ジョイス・レイノルズがそう口走った数時間後、彼女はリンゴ食い競争用の水桶に顔を突っ込んだ姿で発見されます。子どもの法螺話だったのか、それとも本当に過去の殺人の目撃者だったのか。クリスティー晩年の問題作にして、いまなお読み継がれる一冊です。
舞台は英国の小さな村ウドリー・コモン。推理作家オリヴァ夫人が滞在先で巻き込まれた事件を、旧友ポアロに持ち込む――というクリスティーお馴染みの座組で物語は始まります。本格ミステリとしての骨格は、「殺された少女が本当に目撃したのは何の事件だったのか」という二重構造の謎解きにあります。現在の殺人犯探しと、過去の埋もれた事件の発掘が絡み合い、ポアロが村の住人たちの記憶を一つひとつ掘り起こしていく構成は、晩年の作品ながら手堅い職人芸を感じさせます。
ハロウィーン特有の道具立て――ジャック・オ・ランタン、リンゴ食い競争、鏡占い――が事件の風景に自然に溶け込み、牧歌的なはずの祝祭が陰惨な様相を帯びていく転調も見事です。子どもという存在に対する作者の眼差しは、決して甘くなく、むしろ冷徹な観察に満ちており、シリーズを長く読んできた読者ほど、晩年クリスティーの作家としての強度を感じ取れる一作になっています。
2023年にはケネス・ブラナー監督・主演の映画『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』の原作として大胆な翻案が施され、改めて世界的な注目を集めました。原作はあくまで英国の小村を舞台にした作品ですので、映画とはまた違った静かな手触りを楽しんでいただけます。
ポアロもの代表作を一通り読み終え、晩年作も押さえておきたい方、「目撃者が殺される」というミステリ古典のバリエーションを味わいたい方、そして映画から原典が気になった方に、まず手に取っていただきたい一冊です。中村能三訳のクリスティー文庫版で、秋の夜長、ハロウィーンの季節に開きたい一冊です。