本格ミステリとしての読みどころ
アンソニー・ホロヴィッツのホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ第3作。原題『A Line to Kill』、原書は2021年刊行、日本語版は東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)から2022年9月に上梓されました。シリーズが初めてロンドンを離れ、英仏海峡に浮かぶ小島を舞台にとった一冊です。
著者のアンソニー・ホロヴィッツは1955年ロンドン生まれの英国小説家・脚本家。テレビドラマ「バーナビー警部(Midsomer Murders)」「刑事フォイル(Foyle's War)」の脚本でも知られ、児童・YA小説のシリーズ「アレックス・ライダー」、シャーロック・ホームズ正典続編『絹の家』『モリアーティ』、007続編『007 逆襲のトリガー』など、英国エンタメの中心で長く活動してきた作家です。
ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズは、著者本人がワトスン役として登場し、元警察官の探偵ダニエル・ホーソーンと事件を追うメタ・フォーマットの本格ミステリ。第1作『メインテーマは殺人』、第2作『その裁きは死』に続く本書では、シリーズの舞台がロンドンからチャネル諸島のオルダニー島へと移されます。
物語は、ホーソーンとホロヴィッツが地元主催の「Alderney Lit Fest」に作家として招かれ、シリーズ既刊のプロモーションを兼ねて島を訪れるところから始まります。登壇者として作家・詩人・元刑事の語り手などが集い、招待客にはイベントのスポンサーである実業家チャールズ・ル・メジュリエが名を連ねている。文学祭の進行と並行して関係者が殺害される、という英国古典本格の意匠を踏まえた構図です。
本書のもう一つの楽しみは、ホロヴィッツ自身の作家業界への自己言及的な視線です。文学祭という舞台を選んだことで、作家・批評家・編集者・地元のファンといった「本」を巡る人々の機微が、自然と物語の素材になっていく。出版世界の細部をジャーナリスティックに観察してきたホロヴィッツの筆が活きる場面が多く、Kirkus Reviews も「黄金時代のフーダニットを現代の出版風刺と重ねた仕上がり」と評しています。
舞台のオルダニー島はチャネル諸島の一島で、第二次世界大戦中にドイツ軍占領下に置かれた歴史を持つ場所。島の地理と歴史的背景が物語に静かに重ねられており、現代英国の本格ミステリでありながら、20世紀の影が風景の奥にちらりと見え隠れします。
本格ミステリとしての構造はシリーズ前作と同じく堅牢で、限られた容疑者と手がかりを基にした推論を読者に楽しませる作りです。シリーズを通じて少しずつ漏れ出てくるホーソーンの過去についても、本書で新しい角度の素描が加わります。
東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳、456頁)で容易に入手でき、Kindle 版もあります。シリーズの第1〜2作を読んでから本書に進むのが理想ですが、本書単独でも閉鎖空間ものの本格長編として十分楽しめます。クローズドサークルの意匠が好きな方、現代英国の出版業界の風景込みで本格ミステリを味わいたい方に、ぜひ。