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REVIEW · 書評
N° 025 · 2026-05-05
カササギ殺人事件 上 表紙画像
現代英国 ★ イチオシ

カササギ殺人事件 上

アンソニー・ホロヴィッツ / 東京創元社(創元推理文庫)
" 編集者の手元に届いた一篇の本格原稿。クリスティの末裔と呼ばれる現代英米メタ本格の到達点。
#週末をまるごと溶かす#物語の前提が崩れる#作中作の中で起きる殺人#クリスティの末裔
📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
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本格ミステリとしての読みどころ

「クリスティが好きなら次はこれ」と言いたくなる一冊。古典本格の楽しさを現代の語り口で蘇らせた、現代英米ミステリの中でも特別な位置にある作品です。本書はそのうちの上巻にあたります。

著者のアンソニー・ホロヴィッツは英国の小説家・脚本家です。1955年生まれ。テレビドラマの脚本家として『刑事フォイル』などを手がけ、コナン・ドイル財団公認のシャーロック・ホームズ続編、イアン・フレミング財団公認のジェームズ・ボンド続編なども書いてきた書き手で、古典への目配りと現代エンタメの設計力を併せ持つ作家として知られています。本作はその彼が「クリスティへの愛」を真正面から打ち出した長編として、英米で大きな話題になりました。

原書 Magpie Murders は 2016 年刊。日本では東京創元社・創元推理文庫から 2018 年に山田蘭訳で上下分冊で刊行されました。日本でも翻訳ミステリの賞レースを席巻し、本屋大賞翻訳小説部門 第1位(2019)、翻訳ミステリー大賞 第1位(2019)、「このミステリーがすごい!」海外編 第1位(2019) など、いわゆる「翻訳ミステリ4冠」と呼ばれる成績を収めています。

物語は、ロンドンの出版社に勤める編集者スーザン・ライランドのもとに、看板作家アラン・コンウェイの最新長編『カササギ殺人事件』の原稿が届くところから始まります。原稿の中身は、1955年7月のサマセット州、サクスビー・オン・エイヴォン村を舞台にした古典的な本格ミステリ。名探偵アティカス・ピュントが、村で起きた不審な死の真相を追っていく——という、クリスティ的なフォーマットの一篇です。本書(上巻)は、その「作中作」とスーザンが原稿を読み進めていく現代パートが並走する形で進んでいきます。

読みどころは、まず作中作の本格としての完成度です。「作中作」というと、メインストーリーを引き立てるための装置になりがちですが、本書のアティカス・ピュント篇はそれ単体で一級品の英国村落本格として完結する強度を持っています。古典本格の様式美——閉じた共同体、語り手の視点、容疑者の整理、伏線の配置——が真正面から踏襲され、クリスティを愛読してきた読者にこそ刺さる手触りになっています。

そして、上巻の終盤に向けて、原稿の側と現実の側、二つの物語が並走するこの構造そのものが意味を持ちはじめる——という入り口まで、上巻は読者を連れていってくれます。ここから先、構造がどう動くかは下巻の領分なので、上巻の段階では「並走する二つの物語の入り口」として味わってください。

東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)で容易に入手でき、Kindle 版もあります。山田蘭訳は古典本格の格調と現代英米ミステリの軽妙さの両方を日本語で再現しており、ホロヴィッツの語り口を存分に味わえます。続編には『ヨルガオ殺人事件』(原書 2020、邦訳 2021) があり、米国ではテレビドラマ化(全6話)もされています。

週末の予定を空けて本格ミステリにじっくり浸かりたい——そんな気分の時にぴったりの一冊。クリスティが好きな方、英国ミステリの空気が好きな方、現代作家による古典本格の継承に興味のある方、どこから入ってきても刺さるタイプの作品です。下巻と必ずセットでどうぞ。

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書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
邦訳刊行年
2018
ISBN-13
9784488265076
系譜
現代英国
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