本格ミステリとしての読みどころ
『カササギ殺人事件』下巻にあたります。日本語版は東京創元社・創元推理文庫から上下二分冊で刊行されており、本書はその後半部分です。原書 Magpie Murders および英米版は 1 冊本で、上下分冊は日本語訳のボリューム都合。物語は上下を通して一つの作品として書かれているため、上巻を読まずに本書だけを開いても話の前提が見えません。ホロヴィッツの仕掛けの妙を味わうには、上下巻まとめて手元に置くのが正解です。
著者は英国の小説家・脚本家アンソニー・ホロヴィッツ。著者の経歴やシリーズ全体の位置づけ、刊行情報・受賞歴については上巻側の書評にまとめてあるので、そちらをご参照ください。本ページでは下巻ならではの読みどころに絞ります。
本書の最大の特徴は、上巻と下巻で物語の構造そのものが変わるという点です。上巻で並走していた二つのレイヤー——アティカス・ピュントの作中作と、編集者スーザン・ライランドの現代パート——が、下巻ではそれぞれ別の重みで動き出します。何がどう変わるのかは、これから読む方の楽しみのために伏せますが、「上巻と同じテンポで読み進めるつもりが、途中でリズムが切り替わる」という体験そのものが本作の代名詞になっています。
下巻の読みどころは、上巻で配置された伏線がどう収束するか、そしてホロヴィッツが古典本格の作法をどう現代側に接続するか、という構築の手つきです。クリスティ的な閉じた共同体の本格と、現代ロンドンを舞台にした出版業界の物語、まったく毛色の違う二つの語りを、一冊の作品として着地させる手腕は、本作が「翻訳ミステリ4冠」を獲った理由をしっかり納得させてくれます。
訳文は上巻に続いて山田蘭。古典本格の格調と現代英米ミステリの軽妙さの落差を、日本語の側でも違和感なくつなぎ直しており、本作の構造をフルに味わえる仕事になっています。
下巻まで読み終えたら、続編『ヨルガオ殺人事件』(原書 Moonflower Murders、2020 年刊。邦訳 2021 年)が同じ枠組みで新たな事件を見せてくれます。気に入ったらそのまま走り抜けるのが正解。米国ではテレビドラマ化(全6話)もされており、視覚化された二重構造もまた格別です。
東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)で入手でき、Kindle 版もあります。週末の予定を空けて、上下巻まとめて手にとってください。