本格ミステリとしての読みどころ
アンソニー・ホロヴィッツ〈カササギ殺人事件〉シリーズ第3作『マーブル館殺人事件』の下巻にあたります。上巻(0116)で並走を始めた「編集者スーザン・ライランドが置かれた現実」と「彼女が編集する作中作のアティカス・ピュント物語」、その二層が結び合っていく後半パートです。上下で一つの長編なので、まずは上巻から手に取ってください。
著者のアンソニー・ホロヴィッツは、ジュブナイル『アレックス・ライダー』、〈刑事ホーソーン〉シリーズ、コナン・ドイル財団公認のホームズ続編『絹の家』『モリアーティ』、フレミング財団公認の007続編など、英国エンターテインメント小説の最前線で長く仕事を続けてきた作家です。脚本家としてもITV『刑事フォイル』『名探偵ポワロ』『バーナビー警部』など多くの英国ミステリ番組に関わり、編集者スーザン・ライランドを主人公に据えた本シリーズは、その仕事のなかでも黄金期英国本格への愛情をもっとも色濃く湛えた連作です。
シリーズは『カササギ殺人事件』(原書2016年/邦訳2018年)で作中作と現実の二層構造を確立し、『ヨルガオ殺人事件』(原書2020年/邦訳2021年)でその構造をさらに精緻化しました。本作の原書 *Marble Hall Murders* は2025年5月に英国版元から刊行され、邦訳は山田蘭訳で東京創元社・創元推理文庫から2025年に上下巻同時刊行されています。当初は「シリーズ完結編」として予告されていましたが、その後版元告知が「シリーズ第3弾」と表現を改め、著者は2027年に第4作 *Mile End Murders* を予定していると告知しています。完結編という当初の枠組みは外れ、続巻の余地を残した一作として読むのが正確な構えです。
本作の新しい仕掛けは、作中作のアティカス・ピュント物語を亡き作家アラン・コンウェイ本人ではなく、若手作家エリオット・クレイスが書き継ぐ点にあります。エリオットは二十年前に亡くなった伝説的児童文学作家ミリアム・クレイスの孫で、原稿には彼自身の家系をめぐる屈折が透けて見えます。スーザンは編集者として原稿に向き合いつつ、原稿の外側で起きる出来事とも対峙していくことになります。書き手が代わったとき、フィクションの何が変わり、何が変わらないのか——そのテーマが、上巻からの伏線とともに下巻で畳まれていきます。
下巻で何がどう交差するかについて、書評で先回りすることはしません。〈カササギ殺人事件〉〈ヨルガオ殺人事件〉を読み終えた人が、そのままの呼吸で続けて読む——それが本作をもっとも豊かに味わう唯一のやり方です。
邦訳は創元推理文庫(2025年、山田蘭訳)から上下巻同時刊行。シリーズ第1作・第2作(いずれも第1層収録)を通過した読者にとっては、迷う理由のない一冊です。