本格ミステリとしての読みどころ
2019〜2020年の本格ミステリ界で、主要な年間ランキングを総ざらいにした話題作です。相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』。第20回本格ミステリ大賞 小説部門を受賞し、〈このミステリーがすごい!〉2020年版国内編1位、〈本格ミステリ・ベスト10〉2020年版国内ランキング1位を獲得。現代日本本格の代表作の一つに数えられる一冊です。
著者の相沢沙呼は、2009年に『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受賞しデビューした作家。デビュー作以降、青春ミステリやマジック・ミステリの書き手として知られていましたが、本書で本格作家としての評価を一段階引き上げました。本書は2019年9月に講談社から単行本、2021年9月に講談社文庫として刊行されています。
物語の主人公は、推理作家・香月史郎(こうづき・しろう)と、死者の言葉を伝えることができる霊媒少女・城塚翡翠(じょうづか・ひすい)。翡翠の霊視には証拠能力がないため、香月は霊視と論理推理を組み合わせて事件と向き合うことになる——という設定です。一方、街では証拠を残さない連続殺人鬼が人々を脅かしており、証拠の残らない犯人を追い詰める手段は、翡翠の力に頼るしかない。けれど、その犯人の手は、ひそかに翡翠自身に伸びつつある——という構図で物語が展開します。
本書を読むときの楽しみは、特殊設定(霊媒能力)と本格ミステリの構造美が高い純度で両立している点にあります。霊視という能力は、本格ミステリのロジックと相性が悪いように見えて、実は「証拠能力がない」という制約を加えることで、論理推理を補強する装置として機能する。そのバランス感覚と着想が、本作が高く評価された理由の一つです。
連作形式の構成も読みどころ。各エピソードはそれぞれ独立した事件を扱いつつ、シリーズの通奏低音として「証拠を残さない連続殺人鬼」のモチーフが進行していきます。短編の積み重ねが終盤に向けて構造的な意味を獲得していく書きぶりは、本格ミステリ好きには特に刺さるはず。
香月史郎・城塚翡翠の人物造形も、本書の魅力の一つ。霊媒という設定を背負った翡翠の心理描写と、推理作家として彼女と向き合う香月のスタンス——この二人の関係性が、シリーズ全体のドラマを支えています。
シリーズはこのあと『invert 城塚翡翠倒叙集』『invert II 覗き窓の死角』と続いており、本書から始まる「城塚翡翠シリーズ」として展開しています。第1作の本書を読み終えたら、次はシリーズの倒叙編へ進むのが自然な流れです。
講談社文庫(2021)で容易に入手でき、Kindle 版もあります。本格ミステリ史の現在位置を体感したい方、特殊設定本格を読みたい方、ランキングを軒並み制した話題作を遅れて手にしたい方——いずれにも届く一冊です。