Top Reviews シャーロック・ホームズの回想
REVIEW · 書評
N° 041 · 2026-05-05
シャーロック・ホームズの回想 表紙画像
黄金期英国古典 ★ イチオシ

シャーロック・ホームズの回想

アーサー・コナン・ドイル / 早川書房(光文社文庫)
" 「銀星号事件」「マスグレイヴ家の儀式書」「最後の事件」を収めた、短編集第2集です。
#黄金期の薫り#名探偵に身を任せる#天才肌の変人
📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

本格ミステリとしての読みどころ

本書はシャーロック・ホームズ短編集の第2集です。原題は『The Memoirs of Sherlock Holmes』、〈ストランド・マガジン〉に1892年12月号から1893年12月号まで連載された短編群をまとめ、1894年に単行本として刊行されました。日本語訳のタイトルは版によって「思い出」「回想」と分かれますが、いずれも同じ作品集を指します。

著者のアーサー・コナン・ドイルは1859年エディンバラ生まれの医師作家で、エディンバラ大学医学部時代の恩師ジョセフ・ベル教授の観察眼と推論術が、ホームズ造形のひとつの下敷きになりました。前作『冒険』で爆発的な人気を得たホームズですが、ドイル自身はホームズばかりを書く生活に疲れ、歴史小説や戯曲に専念したいと考えていた時期でもあります。本書の最終編「最後の事件」で、ドイルはホームズと宿敵モリアーティ教授をスイスのライヘンバッハの滝に向かわせ、シリーズに区切りをつけました。連載最終回が出ると〈ストランド〉の購読者が抗議の手紙を送り続けたという挿話は、ホームズ伝説の一部としていまも語り継がれています。

なお、本書の収録作は版によって構成がやや異なります。〈ストランド〉誌では合計12編が連載されましたが、英国初版(1894)は不倫を扱った「ボール箱」を著者の意向で外して11編、米国版は12編で刊行された、と伝えられています。後年の邦訳では版によって「ボール箱」が『最後の挨拶』に移されることもあり、書誌的にはやや複雑です。

主な収録作には、競馬場の名馬の失踪を扱う「銀星号事件」、ホームズが珍しく敗北を経験する「黄色い顔」、ホームズの学生時代を語る「グロリア・スコット号事件」と「マスグレイヴ家の儀式書」、ホームズの兄マイクロフトが初登場する「ギリシャ語通訳」、海軍機密を巡る「海軍条約事件」、そして最終編「最後の事件」が並びます。「銀星号事件」のホームズが「夜の犬の沈黙」から推理を組み立てるくだりは、後の本格作家にも繰り返し引用されてきた場面です。

読みどころは、まず短編集としての引き出しの広さ。競馬・暗号・過去譚・国家機密・家族エピソードなど、前作『冒険』で確立されたフォーマットを使ってドイルが意図的に題材を広げにかかっている様子が伝わってきます。マイクロフトが導入されたことでホームズが「家族のいる人物」として描かれるようになり、シリーズが個人の物語からもう一段広がる転機にもなりました。

最終編「最後の事件」は、シリーズ前半の幕引きとして緊張感に満ちた一編。ここで物語が一区切りつくことを念頭に置きつつ読むと、本書全体の構成バランスがより味わい深く感じられます。

入手は容易で、創元推理文庫(深町眞理子訳)、光文社文庫(日暮雅通訳)、新潮文庫(延原謙訳)、角川文庫(駒月雅子訳)などが現役、電子書籍版も揃っています。短編集を順番に読んでいる方は、本書の後に『シャーロック・ホームズの帰還(復活/生還)』、『最後の挨拶』、『事件簿』と進めます。長編派の方は『緋色の研究』『四つの署名』『バスカヴィル家の犬』『恐怖の谷』を併せてどうぞ。

ホームズ短編をまとめて読みたい方、シリーズの一つの転換点を体感したい方、英国本格の引き出しの広さを順に確かめたい方には、第1集と並んでまず手に取りたい一冊です。

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書誌情報

出版社
早川書房 / 光文社文庫
邦訳刊行年
1981
ISBN-13
9784150739027
系譜
黄金期英国古典