ミステリーとしての読みどころ
掃除婦のマギンティ夫人がわずかな金のために殴殺され、間借人のジェイムズ・ベントリイが起訴・死刑確定。事件は閉じたはずでした。ところが捜査を担当したスペンス警視は「あの男はやっていない」という確信を捨てきれず、旧友ポアロのもとを訪ねるところから物語が動き出します。
ポアロが乗り込むのは英国の片田舎ブロードヒニー村。サマーヘイズ夫妻の営む快適とは言いがたい下宿ロング・メドウズに腰を据え、ベルギー人の小綺麗な探偵がぬかるんだ村道を歩き、紅茶と噂話を相手に聞き込みを重ねていく――この生活感そのものが本作の大きな味わいです。
手掛かりとして浮かび上がるのは、殺害の数日前、マギンティ夫人がタブロイド紙から切り抜いていた古い事件記事の一枚の写真。彼女は写っていた女性の誰かを「この村で見た」と新聞社に書き送ろうとしていたらしい――。過去の事件の影が現在の平穏な村人の中に潜んでいる、という構図が立ち上がってくる流れが実にクリスティーらしく巧みです。
そしてもう一つの読みどころが、推理作家アリアドニ・オリヴァー夫人の本格参戦。クリスティー自身を多分に投影したコミカルなキャラクターが、自作の舞台化に巻き込まれて愚痴を漏らしながらポアロの隣で動き回る掛け合いは、シリーズ後期の楽しみそのもの。事件の重さとユーモアの均衡が絶妙です。
派手な密室や奇怪なトリックはありません。代わりにあるのは、村の人々の表情・言葉づかい・生活感のずれをひとつひとつ拾い集めて「ここにいるはずのない人」を浮かび上がらせる、地に足のついた本格の手筋。手掛かりは全てフェアに置かれており、最後にポアロが拾い直して見せる像は、読者が見落としてきたものの正体を静かに突きつけてきます。
クリスティーが村ミステリをミス・マープルではなくポアロに任せた珍しい一冊にして、ポアロ後期の幕開けを告げる作品です。早川書房クリスティー文庫の田村隆一訳で長く読み継がれており、派手さよりも味わいで読ませるタイプの本格がお好きな方に強くおすすめします。