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REVIEW · 書評
N° 010 · 2026-05-05
ゴルフ場殺人事件 表紙画像
黄金期英国古典 ★ イチオシ

ゴルフ場殺人事件

アガサ・クリスティー / 早川書房(クリスティー文庫)
" ポアロ第2長編。仏国警察のジロー警部と捜査スタイルがぶつかる、欧州大陸を舞台にした初期作。
#黄金期の薫り#名探偵に身を任せる
📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

本格ミステリとしての読みどころ

『スタイルズ荘の怪事件』でデビューしたクリスティが、約3年後に発表したポアロシリーズ第2長編が本書『ゴルフ場殺人事件』です。本格ミステリ黄金期の幕開けにあたる時期の一冊にあたります。

著者は1890年生まれの英国作家アガサ・クリスティー。本作は1923年5月に英国 The Bodley Head から刊行され、同年中に米国 Dodd, Mead 社からも刊行されました。日本では現在、早川書房クリスティー文庫の田村義進訳で読めます。

舞台は北フランスの海辺の町。デビュー作の英国カントリーハウスから一転して、欧州大陸を物語の舞台に選んだのが本作の特徴のひとつです。さらに、本作では現地の事件として仏国警察(パリのスーレテ)が捜査に加わり、若手のジロー警部とポアロが同じ事件をまったく違う方法で追いかける、という対比構図が中心に据えられています。クリスティが意識的に第1作の枠を広げにいった一冊と言ってよい構成です。

物語は、英国系カナダ人実業家ポール・ルノーから「至急来てほしい」という奇妙な手紙がポアロのもとに届くところから始まります。語り手ヘイスティングスを伴ってルノー邸に駆けつけたポアロを待っていたのは、依頼人本人の遺体——という導入で、出だしから引き込まれる構成です。容疑者は屋敷の住人と関係者に絞られ、それぞれが動機と秘密を抱えている、黄金期本格らしい群像劇に進んでいきます。

読みどころは、ポアロとジロー警部の捜査スタイルの対比です。ジローは足跡やタバコの吸殻を地面に這いつくばって集める「物的証拠主義者」、ポアロは「灰色の脳細胞」と人物観察を信じる「論理主義者」。証拠の山を集めるか、論理を組み立てるか——という探偵術の対比が、ストーリーの背骨を通っています。あわせて、ヘイスティングスがある女性と出会うサブプロットも進行し、これは後のシリーズの彼の去就にも関わってくる伏線になります(ポアロ長編を順に追いたい方には外せない一冊です)。

文体・テンポはデビュー作より格段にこなれており、クリスティが長編作家として軌道に乗りつつある時期の作品らしい充実があります。早川書房クリスティー文庫で入手しやすく、Kindle 版もあります。ポアロを時系列で読み進めたい方、英国カントリーハウスから少し離れた黄金期本格を味わいたい方におすすめできる、初期ポアロの一冊です。

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書誌情報

出版社
早川書房 / クリスティー文庫
邦訳刊行年
2011
ISBN-13
9784152102478
系譜
黄金期英国古典