本格ミステリとしての読みどころ
本書はシャーロック・ホームズ短編集の第3集、原題『The Return of Sherlock Holmes』です。〈ストランド・マガジン〉に1903年10月号から1904年12月号まで掲載された13編をまとめ、1905年に単行本として刊行されました。米国では雑誌〈Collier's Weekly〉でも同時期に発表されています。日本語の訳題は版によって「帰還」「生還」「復活」と分かれますが、いずれも同じ作品集を指します。
著者のアーサー・コナン・ドイルは1859年エディンバラ生まれ、エディンバラ大学医学部で学んだ医師でもあった作家。1893年の短編「最後の事件」でホームズを「ライヘンバッハの滝」で姿を消させて以来、長編『バスカヴィル家の犬』(1901-02)を過去の事件として書きはしたものの、現在進行形のホームズは10年近く封印されていました。本書はその空白を経て書かれた連作で、巻頭の「空き家の冒険」でホームズの復活が正式に語られます。
復活の背景には商業的な事情もよく知られていて、米国〈Collier's Weekly〉が破格の原稿料でホームズ短編を依頼し、当初6編、続いて6編、最終的に「第二の汚点」を加えた13編の契約に膨らんだ、と伝えられています。〈ストランド〉での連載再開も大きな話題になり、シドニー・パジェットの挿絵もそのまま継続しました。
収録作は刊行時の構成で「空き家の冒険」「ノーウッドの建築業者」「踊る人形」「ひとりぼっちの自転車乗り(自転車乗りの孤独な娘)」「プライアリ・スクール」「ブラック・ピーター」「恐喝王ミルヴァートン」「六つのナポレオン」「三人の学生」「金縁の鼻眼鏡」「スリー・クォーターの失踪」「アビィ屋敷(アビ・グレンジ)」「第二の汚点(血痕)」の13編。暗号ものの古典と呼ばれる「踊る人形」、連続事件の意外な核に迫る「六つのナポレオン」、寄宿学校を舞台にした「プライアリ・スクール」、屋敷ものの代表格「アビィ屋敷」など、ホームズ短編史で繰り返し言及される作品が並びます。
読みどころは、まず1編完結の濃さ。依頼人の登場・観察と推論・現場検分・解決という型が短い枚数で回っていくので、寝る前に1編、通勤の往復で1編、といったスキマ読書がそのまま機能します。同時に、巻全体を通じて読むと「ホームズが何を経て戻ってきたのか」という背景がじわりと効いてきて、シリーズの物語性も味わえます。文体は短編集第1集『冒険』、第2集『回想』(『思い出』)と地続きで、初読の方でも違和感なく入っていけるはずです。
入手は容易で、新潮文庫(延原謙訳『シャーロック・ホームズの帰還』)、創元推理文庫(深町眞理子訳『シャーロック・ホームズの復活』)、光文社文庫(日暮雅通訳)、角川文庫などが現役で、電子書籍版も揃っています。各編が独立しているので、本書から入って気に入った訳者を一冊選び、第1集『冒険』、第2集『思い出(回想)』へ遡るのも自然な読み方です。
ホームズ短編をまとめて読みたい方、暗号・見立て・恐喝といった英国本格短編の代表的な意匠を一冊で味わいたい方、黄金期英国本格の系譜を辿りたい方には、第1集と並んで強くおすすめできる短編集です。