本格ミステリとしての読みどころ
M.W.クレイヴンのワシントン・ポー&ティリー・ブラッドショーシリーズ第5作『ボタニストの殺人』、その邦訳下巻にあたるのが本書です。上巻(0107)で動き出した事件の後半を受け持つ巻で、上下巻を通読してはじめて作品全体の像が立ち上がってきます。
著者のM.W.クレイヴンは、シリーズ第1作『ストーンサークルの殺人』(原書2018年)で英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞を受賞してこの分野に登場した書き手です。続く『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『グレイラットの殺人』と書き継ぎ、本作で5作目に到達しました。本作自体も2023年のテイクストン・オールド・ペキュリア・クライム・ノヴェル・オブ・ザ・イヤーを受賞しており、英国ミステリ賞の常連となったシリーズの、現時点での代表作のひとつといってよい仕事です。
本作で同時並行で動く二つの事件を、改めて確認しておきます。ひとつは「ボタニスト」と呼ばれる人物による予告殺人。著名人のもとに押し花と詩を添えた殺害予告が届き、警察が警備を固めるなかで標的が仕留められていく、という不可能犯罪めいた骨格を持つ事件です。もうひとつは、ポーの友人で病理学者のエステル・ドイルが父親殺しの容疑で逮捕されるという出来事で、彼女は「ワシントン・ポーに伝えて」とだけ告げて口を閉ざしてしまいます。一見無関係な二本の線をポーとティリーがそれぞれの持ち場から追いかけていく——というのが上巻からの流れで、下巻ではこの二つの線がシリーズらしい論理の積み上げで収束していくことになります。
シリーズ5作目の本作で印象的なのは、ポーが「友人を信じる側」に立たされる構図です。これまでのシリーズで彼は被害者と加害者のあいだに距離を置いて捜査をしてきましたが、ここでは捜査対象の側に近しい人間がいるという、いつもとは少し違う緊張感のなかで動くことになります。ティリーのデータ的な視点とポーの現場主義が補完し合うコンビネーションは健在で、二人のやり取りの細やかさを楽しみに読んでいる読者には、今回も期待を裏切らない仕上がりです。
注意点をひとつ。原書 The Botanist は1冊本で、上下巻はあくまで邦訳版の編集判断による分冊です。下巻から読み始めると登場人物関係も事件の前提もまったく追えませんので、上巻(0107)を必ず先に読み終えてから手に取ってください。
邦訳はハヤカワ・ミステリ文庫から東野さやか訳で2024年に刊行されています。シリーズ既訳『ストーンサークルの殺人』『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『グレイラットの殺人』を読んできた人にとって、本作はその「次」として最も自然な一冊です。