本格ミステリとしての読みどころ
エラリー・クイーンの国名シリーズと聞いて、本格ミステリ読者がまず名前を挙げる作品のひとつ。1932年に刊行された本作は、シリーズ第4作にあたりながら、作中の時系列としては「大学を出たばかりの若きエラリーが初めて手がけた事件」という設定で語られる、特別な位置の長編です。
著者「エラリー・クイーン」はフレデリック・ダネイとマンフレッド・リーの従兄弟コンビによる合作名義です。1929年の『ローマ帽子の謎』でデビューして以来、国名シリーズを矢継ぎ早に世に送り出してきました。1932年は二人にとって特に充実した年で、本作と『エジプト十字架の謎』を国名で発表すると同時に、別名義「バーナビー・ロス」名義でドルリィ・レーン四部作の最初の二作も刊行しています。本格黄金期の中でも信じがたいペースで傑作を量産していた時期の、その中核に置かれているのが本作です。
物語は、盲目のギリシャ人美術商ハルキスの葬儀が厳粛に営まれた直後、屋敷の金庫から遺言書を納めた鋼の箱が消失していることが発覚するところから動き出します。捜査が難航するなか、若きエラリーは遺言書の意外な在処を推理し、ハルキスの棺を開けるよう進言します。掘り起こされた棺に収められていたのは——遺言書ではなく、ハルキスの亡骸とともに横たわる、身元不明の絞殺死体でした。物語はやがてレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画をめぐる美術界の影を映し出していきます。
本作を国名シリーズの頂点に押し上げているのは、その「多重解決」の構造です。物語の進行中、合計四つの解決が順に提示されます。捜査の途中でエラリーが推理を組み立てる。読者は「これが真相か」と思いかけますが、新事実が明るみに出るたびに推理は揺らぎ、組み直され、また崩れる——という手続きが正面から作品の骨格になっているのです。クイーン名物「読者への挑戦」も解決前にきちんと差し挟まれており、論理本格として読者を完全に対等の卓に着かせる作りが徹底されています。
本作はまた、自信満々の若きエラリーが手痛い挫折を経験する物語としても読まれてきました。シリーズ後期のエラリーが慎重で沈鬱な探偵に育っていった理由を、この一冊に求める読み方が古くから支持されています。単なる傑作長編にとどまらず、エラリー・クイーンという探偵の出発点・人格形成譚として、シリーズの中で他に替えのきかない位置を占めている作品です。
論理推理の純度という観点では、国名シリーズの中でも頂点に最も近い一冊と言って差し支えないでしょう。クイーン入門の定番は『ローマ帽子の謎』や悲劇シリーズの『Yの悲劇』ですが、多重解決の醍醐味を一気に味わいたいなら本作が近道です。創元推理文庫の中村有希訳による新訳版(2014年)で読みやすく入手できます。