本格ミステリとしての読みどころ
ニューヨーク郊外、古いグリーン家の邸宅で、長女ジュリアが何者かに撃たれて命を落とし、三女エイダも傷を負う——1928年に米国で刊行されたS・S・ヴァン・ダインのファイロ・ヴァンス・シリーズ第3作は、こうして始まります。屋敷の周囲に残された奇妙な足跡、そして容易には外へ漏れない一族の閉塞感。ヴァンスはマーカム地方検事と殺人課のヒース部長刑事と組み、邸宅にとどまる兄弟姉妹たちと向き合っていきます。
著者のS・S・ヴァン・ダインは、本名ウィラード・ハンティントン・ライト。アメリカの美術評論家・編集者として知られた人物で、雑誌『スマート・セット』の編集長を務めた経歴も持ちます。療養中に大量の探偵小説を読み込んだことが転機となり、1926年に『ベンスン殺人事件』で作家デビュー。続く第2作『カナリヤ殺人事件』、そして本作『グリーン家殺人事件』で米国の探偵小説界を席巻しました。本作は1928年の米国年間ベストセラー第4位という、ジャンル小説としては異例の商業的成功を収め、ヴァン・ダインの名を不動のものにします。
ヴァン・ダインといえば「推理小説作法二十則」を提唱したことでも知られます。読者への公平な手がかり開示、超自然要素の排除、論理的に特定可能な犯人——本格ミステリの作法を明文化したこのリストは、後の作家たちが自らの拠って立つ場所を確認するときに必ず立ち返る規範となりました。本作はその規則を自作で実践した代表作として位置づけられ、手がかりの提示と推理の展開が整然と組み立てられています。
ファイロ・ヴァンスは芸術趣味と博学な教養を持つアマチュア探偵で、マーカム検事の旧友として事件に協力します。物的証拠の並列だけでなく、人物観察と心理の読みを推理に組み込んでいくのが彼のスタイル。実務派のヒース部長刑事と、法の代理人としてのマーカム検事、そしてヴァンスの三者がそれぞれの役割を担って進んでいく構図は、その後のアメリカ本格における探偵チーム描写の原型のひとつとなりました。翌1929年に処女作『ローマ帽子の謎』を世に送り出すエラリー・クイーンも、こうした探偵チームの構成からは少なからぬ影響を受けたと指摘されます。
物語は陰鬱な邸宅の空気を丁寧に描きながら、雪、足跡、半身不随の母をめぐる噂など、不気味な手がかりの断片を積み上げていきます。事件が連鎖するなかでヴァンスが紡いでいく推論を、読者は彼の傍らで共に追体験することになります。クリスティ、クイーン、カーと並んで黄金期本格の中心にあったヴァン・ダインの仕事を、いま改めて見直したい一冊です。
入手は2024年に創元推理文庫から刊行された日暮雅通による新訳版が手に取りやすい形でしょう。同シリーズの『僧正殺人事件』とあわせて読むと、ヴァン・ダインが描こうとしたファイロ・ヴァンスというキャラクターの輪郭が立ち上がってきます。古典本格の文脈をひとつひとつ押さえていくなら、避けては通れない作品です。