本格ミステリとしての読みどころ
スチュアート・タートンの三作目は、これまででもっともSF寄りに振り切れた本格ミステリです。デビュー作『イヴリン嬢は七回殺される』では時間ループのカントリーハウス、第2作『名探偵と海の悪魔』では18世紀の帆船という極端な閉鎖空間を舞台に置いてきた作家が、今度は文明崩壊後の世界で、人類最後の小さな共同体を舞台に選びました。
著者のスチュアート・タートンはイギリスの元ジャーナリストで、デビュー作『イヴリン嬢は七回殺される』でコスタ賞最優秀新人小説賞を受賞して国際的に知られた作家です。一作ごとにジャンルの枠を組み替えながら本格としての筋を通す、というスタイルが本国でも翻訳圏でも評価されてきました。本作はそうした「特殊設定×本格」の最新形にあたります。
物語の舞台は、現代から90年後の世界です。「霧」と呼ばれる正体不明のものが地表を覆い、人類はほぼ滅亡しました。唯一残された生存地は小さな島。そこには100人を超える村人と、彼らを率いる3人の科学者が穏やかに暮らしています。沖にはバリアが張られ、島民は体内に埋め込まれた装置を通じてAI〈エービイ〉に管理されている、という世界設定です。
ある日、科学者の一人ニエマが殺害されます。問題は、彼女の死がバリアの停止と連動していたことです。霧が島に到達するまでの猶予は、邦訳版で46時間。しかも島民全員が前夜の記憶を失っています。バリアを再起動する条件は、その猶予のうちに犯人を見つけ出すこと——人類最後の共同体が、自分たちのうちに潜む殺人者を探すという行為そのものに賭けることになります。
タートンが今回選んだ「全員が前夜の記憶を持たない」という制約は、本格の根本に横たわる問いを更新しています。探偵という役回りは普通、過去の事実を聞き集め再構成する仕事です。ところが本作では、誰もが「前夜の自分の行動」を確かめられない。自分が犯人かもしれないという疑いを抱えたまま、各人が謎に向き合うことになります。SF的な世界設計と本格の論理を融合させるタートン流が、これまででもっとも大きな枠で展開された一作です。
第1層で『イヴリン嬢は七回殺される』を読んだ読者にとっては、自然な次の一歩。また同じタートンの『名探偵と海の悪魔』(0110)と並べて、舞台と仕掛けが毎回作り直されていく作家の現在地を確認していただきたい一冊です。文藝春秋・単行本(2025年、三角和代訳)。