ミステリーとしての読みどころ
飛行機事故の療養のため、ジェリー・バートンは妹ジョアンナとともにロンドンを離れ、デヴォンの小村リムストックへ越してきます。穏やかな田舎暮らしを始めた矢先、二人のもとに「お前たちは兄妹ではなく愛人同士だろう」と告げる匿名の手紙が届きます。やがて同じような毒のある手紙――poison-pen letters――が村中の人々に配られていることが分かり、村は疑心暗鬼に包まれていきます。
そんな折、地元の弁護士夫人モナ・シミントンが手紙を受け取った直後に死亡しているのが発見され、事件は単なる悪戯では済まないものへと変貌します。スコットランド・ヤードも頭を抱えるなか、牧師夫人デーン・カルスロップ夫人がひとりの老婦人を村に呼び寄せます――そう、ミス・マープルです。
クリスティ自身が自作のなかで気に入っていた一冊として挙げたことで知られる、いわゆる「ヴィレッジ・ミステリ」の精髄のような作品です。マープルの登場は本当に物語の終盤、それも数シーンに限られていて、捜査の主役はあくまで語り手ジェリーと、村の人々の囁きです。
けれども、だからこそ最後にマープルが口を開いた瞬間、それまで風景の一部だった些細な台詞や仕草が一斉に意味を持って立ち上がる構造になっており、本格として極めて綺麗に決まっています。匿名の手紙という、いかにも英国的なじっとりした悪意を扱いながら、語り口は驚くほど軽やかでユーモアもあり、ジェリーとジョアンナ兄妹の会話だけでも読ませます。
物理トリックは皆無で、勝負はひとえに「誰の心に何が宿っていたか」を見抜けるかどうか――心理本格として、自信をもってお薦めできる一冊です。派手なトリックより、村の空気と人間心理で読ませる本格がお好きな方、マープル物のなかでも「セント・メアリ・ミード村」を離れた異色作を試してみたい方、『書斎の死体』『鏡は横にひび割れて』のあとに、もう一段マープル物を深掘りしたい方に、まず手に取っていただきたい一作です。高橋豊訳のハヤカワ・クリスティー文庫で気軽に読めます。