ミステリーとしての読みどころ
1931年に発表された、アガサ・クリスティ初期のノンシリーズ長編です。米題は『The Murder at Hazelmoor』としても知られています。ポアロもマープルも登場しない、クリスティの引き出しの広さを示す独立長編で、降霊会という超自然的な装いを徹底的に合理で解体していく構成が大きな特徴になっています。
舞台は雪に閉ざされたダートムア湿原に建つシタフォード荘。借家人ウィレット夫人母娘が主催した冬の夜のテーブル・ターニング(降霊会)の最中、霊は告げます——「6マイル離れたエクスハンプトンに住むトリヴェリアン大佐が、いま殺された」。半信半疑のまま、大佐の旧友バーナビー少佐は猛吹雪の中を徒歩で確認に向かい、書斎で撲殺された大佐を発見します。
捜査を率いるのはナラコット警部、そして大佐の甥の婚約者エミリー・トレファシスが、新聞記者チャールズ・エンダビーを巻き込んでアマチュア探偵として動き出します。容疑者は嵐に閉ざされた村の住人たちに限られ、降霊会の予言と現実の犯行時刻はなぜ一致したのかという不可能興味が物語を牽引します。
本作のフックの強さは、クリスティ作品全体の中でも屈指です。「降霊会で殺人が予告される」という超自然的な導入が、後半に向けて徹底的に合理的な仕組みへと解体されていく快感は、本格ミステリの一典型として記憶されるべきものです。同時に、雪と道路遮断で容疑者と移動手段が物理的に限定される状況設定はクローズドサークル的な味わいを生み、英国村ものの息詰まる人間関係描写と相まって、読書中盤の緊張感を高めています。
エミリー・トレファシスというヒロインの能動性も見どころのひとつです。婚約者を救うために自ら捜査に踏み込む姿は、ポアロやマープルといった「依頼を受ける」シリーズ探偵とは異なる自由度を持ち、クリスティが自身のシリーズキャラクターから離れたとき何ができるかを示してくれます。
トリックの構造としては、6マイルという距離と雪という気象条件が犯人特定の論理に直結する、地理とアリバイを軸にした端正なフーダニットです。派手な大仕掛けというより、状況設定と人物配置から犯人を導く手際の良さで読ませるタイプであり、クリスティ中堅期の構成力の確かさが堪能できます。
邦訳は田村隆一訳『シタフォードの秘密』として早川書房・クリスティー文庫で長く親しまれ、現在も容易に入手できます。ポアロ/マープルから一歩離れたクリスティの引き出しを覗いてみたい読者、雪と嵐の閉鎖環境を愛好する読者に、まず手に取っていただきたい一冊です。