本格ミステリとしての読みどころ
アンソニー・ホロヴィッツのホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ第4作。原題『The Twist of a Knife』、原書は2022年刊行、日本語版は東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳)で2023年9月に上梓されました。シリーズのワトスン役である「作家アンソニー・ホロヴィッツ」自身が殺人容疑者として逮捕される、自己言及性が一段と踏み込まれた一冊です。
著者のアンソニー・ホロヴィッツは1955年ロンドン生まれの英国小説家・脚本家。テレビドラマ「バーナビー警部」「刑事フォイル」、シャーロック・ホームズ正典続編『絹の家』『モリアーティ』、007続編、児童向け「アレックス・ライダー」シリーズなど、英国エンタメの主要な領域で活動してきた書き手です。
物語は、ホロヴィッツが書いた戯曲『マインドゲーム』(Mindgame)がロンドンのヴォードビル劇場で初日を迎えるところから動き出します。翌朝、サンデー・タイムズ紙の演劇評論家ハリエット・スロスビーが酷評を発表した直後に自宅で刺殺され、捜査線上に作家ホロヴィッツが浮上する——という導入。語り手であるはずのホロヴィッツがそのまま被疑者となり、ホーソーンに弁護を頼み込む構図は、Kirkus Reviews が「黄金時代の手堅いフーダニットに回帰した一作」と評するように、古典本格を意識したシリーズの実直な変奏として書かれています。
なお『マインドゲーム』はホロヴィッツが実際に1999年に発表した戯曲のタイトルで、現実とフィクションを微妙に重ね合わせるシリーズらしい仕掛けが、ここでもさりげなく利いています。Washington Post の評では、現実と虚構を意図的に混ぜ合わせた「機知に富む娯楽長編」と紹介されました。
事件の舞台がロンドンの演劇世界というのも本書の魅力です。劇作家・演出家・俳優・劇評家・興行主——劇場を巡る人々が容疑者として登場し、ホロヴィッツがジャーナリスティックに見てきた業界の細部が、本格ミステリの推理素材として活きています。第1作『メインテーマは殺人』、第2作『その裁きは死』、第3作『殺しへのライン』と続いてきたシリーズの作家・出版観察の射程が、本書では舞台芸術へと広がっています。
ホーソーンの素性も、シリーズの巻が進むにつれ少しずつ素描が加わっていく要素のひとつ。本書でも、彼の過去や倫理観に踏み込む小さな手がかりが点在します。シリーズを通読してきた読者ほど、その積み重ねが効いてくるはずです。
東京創元社・創元推理文庫(山田蘭訳、450頁)で容易に入手でき、Kindle 版もあります。シリーズの第1〜3作を読んできた方には特におすすめ。語り手が容疑者になる、というメタ的な趣向は、シリーズの基本枠組みを知っている人ほど深く味わえます。続編の第5作『死はすぐそばに』(2024)も既刊なので、はじめての方は『メインテーマは殺人』から順に手にとってみてください。